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堅物騎士は、まさかの状況に言葉を失う

 はやる気持ちが馬にも伝わっていたのか、いつもだと帰宅に一時間半かかるところが一時間で到着してしまった。


 もしも、求婚を断られたとしても、ロイクールとの結婚は絶対に認めるわけにはいかない。

 まずは一刻も早くリュシアンと会って、大丈夫だと安心させたい。

 震える彼女を思い出すと、胸が切なくなる。

 ロイクールはなぜ、リュシアンがあんなに嫌がっているのに結婚を強要していたのか。

 まったく、理解ができない。

 考え事をしながら馬から降りると、王の菜園の入り口に誰かが蹲っているのが見えた。

 あれは──ロザリーである。なぜか、猟犬も一緒だ。

 いったい、何をしているのか。

 ロザリーはコンスタンタンに気づくと、一目散に駆けてくる。


「アランブール卿!!」


 ロザリーだけでなく、リュシアンの猟犬も駆けてきた。


「どうしたのだ?」

「アンお嬢様が、アンお嬢様が……ううっ!」


 驚くべきことに、ロザリーは大粒の涙を流していた。彼女の暗い表情を見るのは、初めてである。

 猟犬も「ガウガウ」と激しく吠えていたので、この場は混沌と化する。


「いったん落ち着け。話はそれからだ」


 その場に蹲るロザリーを立たせ、体を支えてやる。猟犬は何も言わずとも、あとを付いてきた。


 馬は門番をしていた部下に預け、屋敷のほうへと向かう。

 その間、ロザリーは貧血を起こして倒れてしまった。コンスタンタンはロザリーを背負い、王の菜園のあぜ道を歩いていく。

 グレゴワールが、玄関先でコンスタンタンの帰りを待っていた。


「父上、いったい何が起こったのですか?」

「リュシアン嬢が、さらわれてしまったんだ」

「いったい、誰に!?」

「うちに、何度か来ていただろう? ロイクール・ド・ランドールといっていたか」


 言葉を失う。

 家から出てきたメイドにロザリーを託し、詳しい話をグレゴワールから聞くこととなった。


「──リュシアン嬢は、ニンジンの収穫をしていたんだ。午後から、ニンジンでグラッセを作ると言って、張り切っていたようなんだが」


 一時間後に、ロザリーが茶を淹れに行っている間に事件が起こる。


 茶と菓子を持って畑に戻ってきた時、リュシアンの姿は忽然と消えてしまったようだ。

 当時、ニンジン畑の周辺には誰もおらず、リュシアンは一人で作業をしていた。


「奴は、どこから内部に──」


 王の菜園は高い壁で覆われている。出入り口には、騎士がいて安易に入れないようになっているのだ。

 グレゴワールは、渋い表情で話しを続ける。


「出入りの商人と一緒に、入ってきたそうだ。対応したメイドが、見覚えがある男が一緒だったと。特徴を聞いていたら、彼しかいないと」


 ロイクールらしき男は、王の菜園でも農業作業者に目撃されていたようだ。

 騎士の恰好はしておらず、商人のような出で立ちでいたのだとか。最近、出入りの業者が増えていたので、誰も不審者だと思わなかったのだという。


「目撃情報を調べた結果、リュシアン嬢を攫ったのは、ロイクール・ド・ランドールで間違いないだろうと」


 コンスタンタンは弾かれたように立ち上がる。


「父上、しばし、王の菜園を、任せてもいいでしょうか?」

「ああ、構わない。腰も、ご覧の通りよくなったからな。事業の話も、ドラン商会のドニ殿と話あって、進めておこう」

「深く、感謝します」


 許可が出たならば、すぐに出発しなければならない。

 部屋から出ると、ロザリーがいた。まだ、表情は青い。


「アランブール卿!」

「安心しろ。アン嬢は、私が必ず助ける」

「はい……!」


 どうやら、鵞鳥のガーとチョウもいないらしい。幸いと言うべきか、リュシアンは一人で攫われたわけではないようだ。


 おそらく、リュシアンは実家に連れ戻されたのだろう。

 なぜ、本人の意思を無視して強硬な手に出るのか。

 先ほどまで、ロザリーにくっついていたリュシアンの猟犬も、一緒に行くと鼻息荒い状態でいる。


「馬と犬が一緒に走ることは難しい……。気持ちだけ、いただいておく」


 従僕が三日分の荷造りをしていてくれていた。リュシアンの実家であるフォートリエ子爵領まで、三日かかる。


「若様、どうか、お気を付けて」

「ああ、わかっている」


 剣の他に、小ぶりのナイフと弓矢を持った。もしもの時を考えて、救急道具も持って行く。

 その様子を見たグレゴワールが、一言物申す。


「コンスタンタン、お前は、戦いに行くのではないからな? あくまでも、穏便に解決するのだよ?」

「もちろん、そのつもりです」


 武装を固めた状態では、まったく説得力がなかったのだろう。

 グレゴワールは床に膝を突き、「神様、どうか息子とリュシアン嬢に平和を」と祈り始めた。


 出発間際に、ロザリーが包みを抱えて走ってきた。


「アランブール卿、こちらを!」

「これは?」

「アンお嬢様が、喫茶店に出すお菓子や料理の試作品を作っていたんです」


 果物のシロップをたっぷりしみ込ませたパウンドケーキに、生姜入りのクッキー、カボチャのタルトに、ウサギパイ──どれも、コンスタンタンと試食をしようと、作りだめしていたようだ。


「旅の途中で、召し上がってください」

「ありがとう」


 こうして、コンスタンタンはリュシアンの料理と共に旅立つ。


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