堅物騎士は、王太子に手紙を書く
とりあえず、王太子に連絡すべし。
父親からの助言を受け、コンスタンタンは手紙を書き綴る。
一応リュシアンには、嘘の婚約関係であったことを王太子に白状すると伝えてある。
これ以上嘘をつき続けることはよくないことだ。
二人で話し合い、納得してから手紙を書いている。
昼休みに、コンスタンタンは直接王宮に運ぶことにした。
王太子の離宮でコンスタンタンを出迎えたのは、元同僚のクレールだった。
「おお、コンスタンタンじゃないか。どうしたんだ、先触れもなく来るなんて」
「今日は王太子殿下に手紙を届けに来ただけなんだ。これを、渡しておいてくれないか?」
「いや、会っていけばいいじゃないか。今、手が空いているようだし、コンスタンタンと話がしたいって、昨日の夜に言っていたんだ」
そう言って、クレールは無理矢理コンスタンタンの肩を押し、王太子のもとへと連れて行った。
王太子は昼食後の紅茶を楽しんでいたらしい。休憩中に押しかける形となり、コンスタンタンはひたすら恐縮している。
「コンスタンタン、君はいつまで経ってもお堅いね。婚約者のリュシアン嬢は、そんなところが好きなのかな?」
どうやら、結婚祝いは何がいいか、聞きたかったようだ。
「王太子殿下、その、婚約の件なのですが──」
「どうしたのかい?」
「実は、事情がありまして」
結局、手紙ではなく、直接説明することとなった。
リュシアンは結婚する気はなく、王の菜園で働くことを望んでいること。
幼馴染であるロイクールとは、相性がすこぶる悪いこと。
ロイクールの求婚を断るために、嘘の婚約関係を結んだこと。
それなのに、フォートリエ子爵はロイクールと婚約を結んでしまったこと。
「つまり、コンスタンタンが遠慮している間に、掻っ攫われてしまった、と」
「それは──はい」
コンスタンタンは素直に認める。いつしかリュシアンを愛するようになっていたが、自分なんかが相手をしてもらえるわけがないと、結婚を申し込めなかったのだ。
「本当に、ふがいなく思っています」
「いいや、気にすることはない。恋とは、人を臆病にするものだからね。重要なのは、これからどうするか、という点だよ」
王太子は、優雅に紅茶を飲み、絶妙な角度で首を傾げながら問いかける。
「それでコンスタンタン、君は、どうするつもりかい?」
気持ちは、もちろん固まっている。王太子をまっすぐ見て、コンスタンタンは答えた。
「私は、リュシアン嬢に結婚を申し込もうと思っています。もちろん、婚約者が決まっている相手に申し込むなど、ありえないことだとは存じていますが」
「そうだね。世間的には、略奪婚になるだろう。けれど、事情が事情だ。致し方ない。私も、リュシアン嬢を知っていて、君とよくお似合いだってところは見ている。だから──」
王太子は秘書に合図を出し、ペンとインクと紙、印鑑と朱肉を持ってくる。
そして、さらさらと何かを描いて、印鑑が押される。そして、秘書の持つ銀盆に戻された。
銀盆の上の紙は、すぐさまコンスタンタンへ運ばれた。
「こ、これは──」
「略奪婚への勝利の武器だよ」
紙に書かれてあるのは、コンスタンタンとリュシアンの結婚を、何があろうと支持するというものだった。
「王太子殿下……本当に、よろしいのですか?」
「いいよ。ずっと、長年の君の働きの褒美を、渡したいと思っていたからね。ただ、この紙に婚約を破棄させる強制力はない。最終的に判断するのは、リュシアン嬢の父親だ。断られたその時は、どうするか自分で考えるんだ。わかったね?」
「はっ!」
コンスタンタンは立ち上がり、床に片膝を突く。
そして、王太子に向かって深々と頭を下げた。
「本当に、感謝します」
「いいって。君、まだリュシアン嬢に求婚していないのだろう? もしも断られたら、それ、使ったらダメだからね」
「それは、わかっております」
リュシアンに結婚を断られたら、潔く諦めるしかない。
「そっか。そのパターンがあるのか。もう一枚、書かないと」
そう言って、王太子は二枚目の紙を書き始める。
「たぶん、必要ないと思うけれど、何があるかわからないから、サービスで」
再び、紙はコンスタンタンに差し出される。
それは、リュシアンとロイクールの婚約の破棄を促すものだった。
「王太子殿下……本当に、ありがとうございます!」
「おまけだから。コンスタンタンは、どうするつもりだったのかい?」
「ランドール卿へ、決闘を申し込むつもりでした」
「なるほど。古き良き、略奪婚の方法だ」
リュシアンのために剣を抜く予定だったが、王太子のおかげで平和的に解決しそうだ。
「話は以上かな?」
「申し訳ありません。もう一件だけ」
ロイクールが、コンスタンタンとリュシアンの婚約は嘘であると報告しにくると言っていた話を伝えた。
「ああ、彼なら、すでに面会の申し込みがあった。忙しいことにして、取り合わなかったけれど」
「申し訳ありません」
「気にしなくてもいい。あとの対処は、秘書に任せているから」
「寛大な御心に、感謝します」
「わかったから。一刻も早くリュシアン嬢に求婚して、安心させるんだよ」
「はい」
コンスタンタンは王太子に何度も礼を言い、離宮をあとにすることになった。
あとは、リュシアンに求婚し、彼女の答えを聞くばかりである。




