堅物騎士は、お嬢様を励ます
リュシアンの婚約者は、コンスタンタンにとっていけ好かない男ロイクール・ド・ランドールだった。
尊大な態度でアランブール邸に訪れ、勝ち誇ったようにリュシアンとの婚約を主張してきたのだ。
リュシアンは多忙を理由に、父フォートリエ子爵の手紙を読んでいなかった。
この状況を作り出したのは、他でもないコンスタンタンだ。
パーティーの準備がなかったら、手紙は読んでいただろう。
しかし、手紙を読んでいたからといって、婚約が覆ることはない。娘の結婚は、父親が決める。そこに、娘の意思は絡んでこない。
だから、手紙を読んでいても、結果は同じ。ただ、リュシアンはあの場でロイクールとの婚約を知りショックを受けることはなかっただろう。
すぐさま、父親の手紙を確認したほうがいいと勧めたが、リュシアンは「怖い」と震えている。
「だったら、一緒に確認しよう」
「……はい」
ロザリーを伴い、リュシアンの部屋に向かった。
独身女性の私室に入ることは、あまりいいことではない。しかし、今日ばかりは特別だ。
ロザリーに勧められ、長椅子に座る。その向かい側に、リュシアンは力なく腰かけていた。
「アンお嬢様、旦那様からのお手紙は、こちらに」
リュシアンは銀盆に載った手紙を、手に取ろうとしない。気の毒だと思うほどに、落ち込んでいる。
フォートリエ子爵からの手紙は、視界にも入れようとしていなかった。
「アンお嬢様、こちらのお手紙、アランブール卿に確認していただきますか?」
「そ、それは、迷惑、かと」
「私は構わない」
「だそうですよ? お願いしましょうよ」
「コンスタンタン様、本当に、よろしいのですか?」
「アン嬢がいいのならば」
「でしたら、お願いいたします」
リュシアンは深々と頭を下げる。コンスタンタンは頷き、手紙を手に取った。ペーパーナイフを使って開封する。もう一度先に読んでいいのか確認したあと、手紙の文字に目を走らせた。
一通目には、結婚相手は決まらないようなので、フォートリエ子爵のほうで探すとあった。
二通目には、婚約者を決めたので、実家に戻るようにと書かれている。
三通目には、婚約者はロイクール・ド・ランドールとはっきり書かれていた。彼は騎士になったので、将来王都で暮らすことになりそうだとも。
「とにかく、一旦帰って来るようにと、書かれている」
「そう、でしたか。ありがとうございます」
想像していた内容が、そのまま書かれていたのだろう。リュシアンの震えは、治まらない。
コンスタンタンはすぐさま、ロザリーにリュシアンを励ますよう目配せした。ロザリーは頷き、リュシアンの隣に座るとリュシアンの手を握って元気づける。
「これから……わたくしはどうすれば……」
貴族の慣習に従うのであれば、リュシアンは今すぐ実家に戻さなければならない。
ただ、コンスタンタン個人の感情を全面に押し出すのであれば、この結婚は反対したかった。
どちらを選択すべきなのか。わかっているが、口にはできない。
まずは、父グレゴワールに現状を報告しなければならない。
パーティーの前に、グレゴワールにリュシアンの事情を話して、婚約者の振りをしていたことを説明していた。グレゴワールは「困ったなあ」と言ったきり、咎めることはしなかった。
賛成も反対もしなかったので、今回の件も同じことを言いそうな気がする。
だが、今回の件は勝手に判断し、実行するわけにはいかない。
「ひとまず、私は父と話をしてくる」
「わたくしのせいで、申し訳ありません」
「いや、気にするな。この問題には、私も加担しているゆえ」
リュシアンはロザリーに任せておけば大丈夫だろう。確かな絆が、二人の間にはある。
コンスタンタンは現状を打開するため、人生の先輩であるグレゴワールに相談することにした。
◇◇◇
「──なるほど、そういうわけだったのか」
グレゴワールは再度、「困ったなあ」と呟く。
想像していた通りの反応だ。
「しかし、嫌がる相手と結婚させるのは、気の毒だ。もしかしたら、フォートリエ子爵は知らないのかもしれないが」
ただ、リュシアンも貴族の家に生まれた身。父親から命じられた結婚は絶対なのだ。
最大の問題は、結婚相手なのだ。
「ランドール家か……。うちよりも家格は下がるが、あそこは財産があるからな。関係を結びたい貴族は、ごまんといるだろう」
リュシアンの実家は裕福だ。ランドール家の財産目的ではないだろう。
ロイクールはリュシアンのことを幼少時から気に入っていたようなので、相応しい相手が見つからなければ、ロイクールと結婚させようと以前より考えていたのかもしれない。
「一刻も早く、フォートリエ子爵と話をしたほうがいい」
「そう、ですね。アン嬢は、一度、父親と話したほうがいいかと」
「リュシアン嬢ではない。フォートリエ子爵と話をするのは、コンスタンタン、お前だ」
「私が?」
「他に誰がいるんだ? ランドール家の坊ちゃんに喧嘩を売っておいて、何もしないわけにはいかないだろうが」
「それは──」
リュシアンが花嫁となってくれるならば、これ以上の幸せはないだろう。
ただ、彼女はどうだろうか?
「以前、アン嬢は結婚しないと言っていて」
「お前は、一度でも二度でも、結婚を申し込んだのか?」
「いいえ」
「だったら、申し込むべきだ。女性の考えなんて、天気のようによく変わるぞ。お前のように、やると決めたらやるというような鋼の意志を持つ者なんて、いない」
「……」
いないと、言い切られてしまった。
「いいか、コンスタンタン。やって後悔するより、やらないで後悔するほうが心の負荷は大きいそうだよ。一度、ダメもとで結婚を申し込んでみてほしい。私も、お前の母さんは病弱で、何度も結婚を申し込んで断られたが、最終的には結婚を許してもらったぞ」
グレゴワールの言う通り、一度結婚を申し込んでみるのもいいのかもしれない。
断られたとしても失うものはないし、コンスタンタンがリュシアンを守りたいという気持ちは揺るがないからだ。
「しかし、アン嬢が結婚を受けたとしても、当主が決めた結婚は覆らないのでは?」
「普通はそうだ。しかし、お前には切り札があるだろうが」
「切り札?」
グレゴワールはニヤリと微笑みながら言った。
「王太子殿下、だ」




