お嬢様は突然の知らせに驚愕する
「アン嬢、パーティーが終わり、しばし落ち着いたら、共にフォートリエ領に行って、父君と話をしたいのだが」
「コンスタンタン様が、直接父と話してくださると?」
「そのほうがいい。それと、もう一つ」
コンスタンタン様はそう言ったまま、銅像のように動きを止めてしまった。
「コンスタンタン様、いかがなさいましたか?」
リュシアンがそう尋ねると、眉間に皺を寄せていく。リュシアンは心配になり、顔を覗き込んだ。すると、コンスタンタンは苦しげな表情で話し始める。
「少々、揉めるかもしれない」
「それは、そうですね……」
フォートリエ子爵家の歴史の中でも、未婚で自身で身を立てるという令嬢は前例がない。
世間からも、奇異の目で見られるだろう。
「それでもわたくしは、ここにいたいのです」
「わかった。それならば、できる限りのことをしよう」
「コンスタンタン様……本当に、ありがとうございます」
会話が一段落したのと同時に、パーティーが始まるという知らせがやってくる。
コンスタンタンとリュシアンは、招待客を迎えるため会場へと向かった。
◇◇◇
パーティーは夢のような時間だった。
たくさんの人達がやってきて、王の菜園の野菜を使った料理をおいしいと言ってくれる。
それから、一人一人話をして、いかに王の菜園が大切な場所であるかと知らせることもできた。
「──と、このように、王の菜園を上手く運営することは、雇用、生産、集客を促し、将来的に大きな利益を生み出す起爆剤となるのではと」
王太子は表立って、意見してくれる。
コンスタンタンとリュシアンには、強力な味方が付いていた。
困ったことといったら、コンスタンタンとの婚約を祝福されることだった。
お似合いだと言われ、ついつい表情が綻んでしまう。
しかし、コンスタンタンが時折見せる険しい横顔を見たら、我に返ってしまった。
コンスタンタンにとって、偽物の婚約者がいるというのは、迷惑でしかない。
きちんと、身の程をわきまえなければ。
婚約が破談したと、報告する日はいつかやってくるのだ。
そして、コンスタンタンに新しい婚約者ができた時、リュシアンは祝福ができるのか?
考えたら、胸がズキンと痛んだ。
覚悟を、決めないといけない。王の菜園で働くためには、コンスタンタンの結婚も見届けないといけないのだ。
大丈夫、平気だと、今すぐはいえない。
コンスタンタンに対する複雑な感情とは、長い時間をかけて心の中に溶かし、透明な水のように綺麗なまま大切にしようとリュシアンは思った。
パーティーは大成功だった。
驚くべきことに、多くの参加者から出資したいという申し出があったらしい。嬉しい悲鳴である。
すぐさま、雇用拡大について動くという。
続いて、旅人や商人が休める喫茶店を造るようだ。
喫茶店は王の菜園にある、王族専用の平屋建ての建物を改装する。
ここは半世紀前、国王が執務から逃げ、身を隠すために造られたものである。王族専用と決まっていたので、今まで使っていなかった。
王太子が好きにしてもよいと許可を出してくれたおかげで、喫茶店として利用できる。
コンスタンタンと共に、建物の確認に向かった。
「ここが、国王陛下の使われていた……建物、ですか?」
「そうだ」
一見して、簡素な物置小屋にしか見えない。
「臣下に見つからないよう、敢えてこのような造りにしていたらしい」
「ああ、そういうことですの」
内部はいつ歴代の国王が来てもいいように、こまめに手入れがなされているという。
リュシアンはドキドキしながら中へと入った。
「──まあ!」
慎ましい外観とは違い、内部は国王が使うにふさわしい内装となっている。
水晶が惜しげもなく使われたシャンデリアに、大理石の床には真っ赤な絨毯が敷かれている。金を使った猫足の長椅子に、虎斑模様が美しいオーク材の円卓など、豪奢な雰囲気にリュシアンはうっとりしてしまう。
「この内装は、そのまま使えそうです」
「そうだな。一世紀前に造られたものらしいが、十分綺麗だ」
部屋の中心に四人がけのテーブルと長椅子、窓際に円卓と一人がけの椅子が二つ。
最大六名が使えそうだ。
「部屋の家具の雰囲気を損なわないよう、内部は最大六名のまま、あとは外にテーブルと椅子を置いて、王の菜園の景色を楽しみながら飲み物と料理を楽しんでいただく、という形はどうかなと」
「明日の話し合いの時に、提案してみよう」
「はい」
王の菜園のあぜ道を歩いていると、ロザリーが走ってやって来る。
「ア、アンお嬢様~~!」
「ロザリー、慌ててどうかしましたの?」
「大変です! お屋敷のほうに、ランドール卿が!」
「え!?」
ロイクール・ド・ランドール。それは、リュシアンの幼馴染であり、第二王子の親衛隊員でもある。
なぜ、突然やってきたのか。コンスタンタンにも、知らせは届いていないという。
屋敷に戻り、応接間へと向かう。
ロイクールは脚を組み、客人とは思えない不遜な態度でいた。
「アン、遅いです」
「約束もないのに、どうやって時間を守るというのですか?」
「そうではありません。なぜ、フォートリエ子爵への返事を出さないのかと、聞きたかったのです」
「お父様への返事? 出しましたけれど」
「ならばなぜ、ここに居続けるのですか?」
「お話が、まったくわからないのですが?」
ロイクールは怪訝な表情をしながら、懐から書類を出してリュシアンに見せた。
「これは──!」
「あなたと私の、婚約を許可する証書ですよ」




