お嬢様は心の内を吐露する
コンスタンタンはリュシアンを綺麗だと言った。聞き違いではなかったようだ。
ドキドキと胸が高鳴ったが、浮かれている場合ではない。パーティーまで時間がないので、本題に移らなければならなかった。
「あ、あの、わたくし」
「そこに、かけてくれ。茶はいるか?」
「あ、いえ。もう、パーティーが始まりますので」
「そうだな」
勧められるがままに、長椅子へと腰かける。コンスタンタンが目の前に座って視線が交わった瞬間、言葉に詰まる。
どうにも、落ち着かない。しっかりしていなければいけないのに。
リュシアンは自身を奮い立たせ、熱くなっていた気持ちに蓋をした。
「アン嬢、話があると言っていたな」
「はい。その、わたくし……」
はっきり聞かなければ、パーティー中は上の空になってしまう。勇気を振り絞って、思っていたことを口にした。
「今回のパーティーを開催するにあたって、出しゃばり過ぎたのではないかと思い」
「なぜ?」
なぜと問いかけられても、説明するのは酷く恥ずかしい。けれど、リュシアンはしっかり言葉にして説明した。
「料理を決めたり、調度品の手配をしたり、使用人に指示を出したり……普通は、女主人がすることです。ただのお手伝いが、することではないのでは? と思い……」
「アン嬢に、誰かがそう言ったのか?」
「いいえ。わたくしが、自身の行動を振り返って思っただけで」
「そうか」
コンスタンタンは頭を下げる。その行動に、リュシアンはぎょっとした。
「すまなかった」
「え?」
「私達は思っていた以上に、アン嬢に頼りきっていたようだ」
「そ、そんなことは」
「人を手配することだってできたのに、頼ってしまった」
コンスタンタンは頭を下げたまま、話し続ける。
「私自身、パーティーの開催は初めてで、どのような手配をしていいのかわからなかった。父も、あまり得意ではなかったようで。そんな中で、アン嬢がいろいろと話を進めてくれて、非常に助かっていた。その頑張りを、当たり前のものと受け入れていた私が、一番悪かった。そんな風に思いつめていたとは、夢にも思わず……。改めて、謝罪と感謝の言葉を言わせてくれ」
「コ、コンスタンタン様、頭を、あげてくださいませ」
「いいや、私は本当に、罪深いことをしていた。すまなかった。そして、アン嬢の働きは、素晴らしいものだった。心から、感謝する」
コンスタンタンは謝罪と感謝の言葉を言い終えたが、それでも頭を上げようとしない。
こうなったら、リュシアンが動くしかない。
立ち上がり、コンスタンタンのいるほうへと回り込む。そして、床に膝を突き、コンスタンタンの顔を覗き込んだ。
「コンスタンタン様、お願いですから、頭をあげてくださいませ」
「アン嬢! ドレスが、皺になる」
そう言って、コンスタンタンはリュシアンの手を握って立たせてくれた。
まるで、大切な姫君を誘導するかのような、丁寧な動きだった。
こんなに大事にしてもらえる立場ではないのに、リュシアンは泣きたくなる。
コンスタンタンの隣に座るよう促され、大人しく従った。
「なんと、謝っていいものか」
「違うのです。コンスタンタン様、わたくし、パーティーの準備に、やりがいを感じていました」
「そう、なのか?」
「ええ。王の菜園の野菜を使ってメニューを考えるのはワクワクしましたし、使用人のみなさんとああではない、こうではないと話し合うのも、楽しんでいました。だから、その、謝らないでください」
「だったら、よかった」
正直に告げて、よかったと。コンスタンタンは別に、リュシアンが出しゃばっていたと感じていなかったようだ。深く安堵する。
「しかし、頼りすぎてしまったのは事実だ。何か、働きに応じた報酬をださなければならない。希望するものはあるか?」
ドレスでも、宝石でも、靴でもいい。なんでも贈ってくれるという。
しかし、リュシアンはそんなモノは望まない。
「簡単に手に入らないような品でも、努力して入手する」
「だったら、わたくしをずっとここに置いてくださいませんか?」
「それは──」
珍しく、コンスタンタンは眉尻を下げて困った表情となる。
「迷惑ですよね……」
「いいや、迷惑ではない。アン嬢がいたら、使用人も騎士も、喜ぶ」
「コンスタンタン様は?」
「私も、嬉しい」
「だったら!」
「しかし、実家の事情も、あるだろう」
「そうですけれど……」
最大の障害は、父親だ。きっと、時季がくれば「帰ってこい」と言うだろう。
「コンスタンタン様がわたくしを必要だと父に伝えてくれたら、なんとかなると思うのです」
「どうだろうか?」
「ダメ、ですか?」
「……」
やはり、突拍子もないことだったのか。
未婚の貴族女性が結婚もせずに働くというのは、世間の目が厳しくなるのかもしれない。
「でも、わたくしは、コンスタンタン様やみなさんと、一緒に、働いて、王の菜園を、守りたいのです……」
情けないことに、涙交じりの言葉となってしまう。
こらえきれなかった感情が、涙となって溢れ出てくる。
そんなリュシアンに、コンスタンタンは言った。
「私にとって、アン嬢は大切で、かけがえなく、必要な存在だ。許されるのであれば、ずっと、ここにいてほしい」
信じられないことだが、ロザリーが「まあ!」と口元に手を添える様子を見ていたら現実であったことなのだと実感できた。




