お嬢様は赤面する
王太子がパーティーにやって来ることとなり、アランブール伯爵家の使用人や王の菜園で働く騎士達に緊張が走っている。
リュシアンは一人、どっかりと構えていた。
「王太子様がここにいらっしゃるなんて、胃が痛い」
いつもは飄々としている料理長も、胃の辺りを摩っている。
そんな彼に、リュシアンは優しく声をかけた。
「大丈夫ですわ。いつも通りのおいしい料理を提供すればいいだけのことです」
アランブール伯爵家で出される料理はすべておいしい。だから、自信を持つようにと、力強く励ます。
「お嬢様がそういうのなら、頑張ります」
「ええ!」
準備は着々と進んでいく。
そして──ついにパーティー当日を迎える。
リュシアンは早朝から厨房に立ち、調理の手伝いをしていた。
担当していたのは、カプレーゼ。一口大のトマトに切り込みを入れ、モッツァレラチーズとバジルを挟み、黒胡椒に塩、オリーブオイルをかける。
途中、ロザリーが覗き込んできた。
「わあ、そのトマト、可愛いですねえ!」
「ありがとう、ロザリー。あと、そのお料理は?」
「あ、そうだ! アンお嬢様、味見をお願いします」
ロザリーが持ってきたのは、スティック状の野菜と白いソース、バーニャカウダーだ。
細長いニンジンを手に取り、クリームチーズと生クリームで作ったソースを絡めて食べる。
「おいしいですわ」
「では、そのように料理長に報告してきます」
他にも、牛肉の温野菜添え、海老とパプリカのコンソメジュレ、アボカドソースをかけたローストビーフ、カボチャグラタン、ジャガイモの生ハム巻き、枝豆のムースなど、五十種類ほどの野菜を中心とした料理が作られる。
メインはリュシアンの作るウサギのミートパイのレシピを使った一品。
次々と焼きあがり、食べやすいようカットされている。
「アンお嬢様、そろそろ準備しませんと」
「そうですわね」
パーティー開始まで三時間。リュシアンは自身の身支度を整えるため、厨房から離れる。
「いやはや、王太子様までいらっしゃるなんて、大ごとになりましたねえ」
「ええ! きっと、成功すること間違いなしです」
ドキドキと、胸が高鳴る。すべてが良い方向に風が吹いていた。
リュシアンに用意されたドレスは、ロザリーが一生懸命レースとフリルを付けて華やかな雰囲気にした、薄紅色のドレスである。
「まあ、可愛らしい! ロザリー、ありがとう」
「いえいえ!」
街に出かけ、流行りの意匠を学んでから縫い付けたようだ。
「今の時季は、どこもかしこも、着飾ったお嬢様ばかりでしたからね~。ネタには困りませんでしたよ」
「もしかして、ここ数日眠そうにしていたのは、これを作っていたから?」
「あ~、あはは。まあ、ついつい熱中してしまっただけで」
「ロザリー、本当に、ありがとう」
「アンお嬢様の、晴れ舞台ですからね」
「ええ」
ロザリーはお喋りしながらも、リュシアンの髪を丁寧に櫛を通す。彼女の輝く金の髪を、ティアラのように編み上げ、白百合を模した髪飾りを差す。
清楚で品のある装いに仕上がる。
「アンお嬢様、お綺麗です」
「あ、ありがとう、ロザリー」
リュシアンは夜会に参加した日よりも、緊張していた。
今回、パーティーをするにおいて、リュシアンは料理からアランブール伯爵家の大広間の調度品の入れ替え、招待状のカードと封筒選びなど、さまざまな取り決めをしたのだ。
「わたくし、きちんとできていたかしら?」
「完璧ですよお。さすが、アンお嬢様です!」
「お母様のお手伝いをしていたからでしょうね」
「もう、アランブール伯爵家の女主人って感じでした」
ロザリーの言葉を聞いたリュシアンは、石化したように固まってしまう。
「アンお嬢様、いかがなさいましたか?」
「わ、わたくし、出しゃばっていたのでしょうか?」
「え、そんなことぜんぜんないですよ。どうしてです?」
「だって、アランブール伯爵家の女主人って……普通、赤の他人がここまでしないのでは?」
「あ~、まあ、そうですけれど、今回に限っては、アランブール伯爵も、アランブール卿も助かっていたと思いますけどねえ。ほら、あの親子、社交とか気を回したりするの、苦手そうに見えますし。あ、もちろん、これらは男性全般に言えることなのですが」
「……」
リュシアンは急に不安になる。毎日忙しくて、自分の行いを振り返る暇などなかったのだ。
「あの、アンお嬢様、パーティーの前に、アランブール卿とお話ししますか?」
「え、ええ。そう、ですわね」
「では、大丈夫かどうか、聞いてきます」
「お願いいたします」
ロザリーが去ったあと、盛大な溜息をつく。
パーティーを開く際、母親がしていたようなことを実行していたが、よくよく考えたら過ぎた行動だったのだ。
事業に関わっていたからといっても、一家の女主人と同じレベルで取り仕切ることはありえない。
思い返しただけで、頬がかーっと熱くなる。
考え事をしている間に、ロザリーが戻ってきた。
「アンお嬢様、アランブール卿はお時間空いているらしいです」
「え、ええ。ありがとう」
パーティーが始まる前に、一言謝っておかなければ。ロザリーと共に、コンスタンタンの私室に移動した。
コンスタンタンは騎士隊の正装姿でいた。
白い詰襟の服に、金のモール、マントの内側は王の菜園を守る証である緑色だ。
夜会の時も着ていたが、改めて見るとカッコイイ。リュシアンは内心思う。
が、コンスタンタンに見とれている場合ではないのだ。
「あの、コンスタンタン様」
「……」
「コンスタンタン様?」
コンスタンタンはリュシアンをじっと見つめたまま、動こうとしない。
いったいどうしたのか。歩み寄って手を振ってみた。
「コンスタンタン様、具合でも悪いのですか?」
「あ………………いや、そんなことはない」
コンスタンタンは基本、無表情なので感情は読み取りにくい。だから、直接聞くしかないのだ。
「どうかなさったのですか?」
「あ、いや、なんでもない」
「でも、ぼんやりしていましたけれど」
コンスタンタンはリュシアンを見つめたまま動かなくなっていた。ということは、リュシアンに問題があったのではないか。
「もしかして、わたくしに何か問題でも?」
ドレス、化粧、髪型はロザリーが世界一素敵に仕上げてくれた。この辺は、問題ないだろう。あるとしたら、リュシアン自身にある。
「顔色がおかしかったですか? それとも、ふるまいがぎこちなかったのでしょうか?」
「いや、違う」
「だったらなぜ?」
「──………………綺麗だと、思ったのだ」
「はい?」
「アン嬢が、綺麗だと」
リュシアンは自身の耳を疑った。念のため、ロザリーを振り返る。
「ロザリー、今のアランブール卿のお言葉、聞こえた?」
「ええ。アランブール卿は、アンお嬢様がお綺麗で見とれてしまったと、おっしゃっているようですよ」
「まあ!」
ロザリーに通訳をしてもらい、やっと意味を理解した。
火が出ているのではないかと思うほど、顔が熱くなる。




