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お嬢様は前向きに手紙を書く

「アンお嬢様、また旦那様からお手紙届いていますよお」

「お父様ったら……最近は三日に一度も寄越して」


 リュシアンは王都に来てから、父親と文通していた。

 内容はきちんと結婚相手を探しているのか、仕事は過不足なくこなしているか、何か困ったことはないかというもの。それを、二週間ごとに同じ内容で送っていたのだ。最初はきちんと返事を書いていたが、しだいに忙しくなって放置していた。

 それが悪かったのか、半月ほど前からしつこく手紙を送ってくるようになったのだ。


「わたくし、きちんとしていますのに」

「結婚相手探し以外は、ですよね?」

「それはそうですけれど、今シーズンに限っては、コンスタンタン様が婚約者の振りをしてくれますし、なんとか乗り切りますわ」

「それ、旦那様にバレたら、どうするつもりなんですか?」

「お父様に? バレないと思いますが」


 リュシアンの父は多忙だ。リュシアン一人を構っている暇などない。だから大丈夫だと、心配するロザリーを窘める。


「もしも旦那様にバレたら、大目玉ですよお。その辺、厳しい御方なんですよ?」

「お父様が頑固なのは、重々承知しております。貴族女性にとっての結婚が、いかに重要な役目であるかということも。ですが、わたくしは、この王の菜園の歴史と文化を守り、持続させることは結婚すること以上に大事なことだと思っていますの」

「ええ、ええ。わかっております。けれど、旦那様へのお手紙も、重要ですからね。ここでの生活は、旦那様の許しあってのものですから」


 リュシアンは今、王の菜園の再開発をするための支援者を募るパーティーのことで頭がいっぱいだった。しかし、ロザリーがあまりにも心配するので、手紙を書くことを了承する。


「今晩、時間を作って、返事を書きますわ」

「ぜひ、そうなさってください」


 ロザリーを落ち着かせてから、リュシアンはこの日の仕事を開始する。

 日が暮れるまで畑で働き、夜はパーティーの準備を行い、くたくたの状態で風呂に入る。

 このまま眠れたらどんなに幸せか。

 そう思ったが、ロザリーとの約束を忘れてはいけない。

 眠気まなこを擦りつつ、父親から届いた手紙を読む。

 いつの間にか、未開封の手紙は十通もあった。


「お父様ったら、筆マメなんだから」


 そんな独り言を呟き、ペーパーナイフで手紙を開封する。


「……リュシアンへ。結婚相手探しは順調だろうか……仕事はきちんとしているか……何か、困ったことはないか……」


 五通ほど、まったく同じ内容だった。違う点と言えば、父親自身の近況が書かれているくらいか。馬と散歩しただの、草原で珍しい花を見つけただの、些細なことばかりだった。

 六通目も、きっと内容は同じだろう。

 ペーパーナイフを握る元気すら、残っていなかった。退屈な手紙を前に、眠気はさらに強まってしまう。

 時間の無駄だと思い、残りの手紙は木箱の中に入れた。リュシアンはペンを手に取り、インクを付けながら手紙を書く。

 夜会に参加していることと、王太子と出会い挨拶を交わしたこと、王の菜園の近況などを書いた。

 王太子と話をした件は、きっと父も喜んでくれるだろう。そう確信しながら、リュシアンは封筒に蝋燭を垂らし、家紋入り指輪印章を捺して封をした。


「これでよし……と」


 翌日、ロザリーに頼んで手紙を送ってもらったら、あとは問題ない。

 この時のリュシアンは、呑気にそんなことを考えていた。


 ◇◇◇


 パーティーまであと数日。準備も最終段階に入る。

 参加者の人数は増えることはなかったが、それでも何もしないよりはいい。

 リュシアンはパーティーの開催を前向きに考えていたが、コンスタンタンは日に日に元気がなくなっているように思えた。


「ロザリー、コンスタンタン様、今日はますます元気がないように見えるのですが」

「ええ、いつも通りですよ? どの辺が、元気がないように見えるのですか?」

「一瞬、目を伏せる時の憂いの表情とか」

「私、アランブール卿の表情の変化、まったくわかりません。というか、無表情以外、みたことがないかもしれないですね」

「わたくしも最初は、常に無表情だと思っていましたが、最近は笑ったり、困ったり、楽しそうにしていたりと、表情豊かに思えたのですが」

「それ、たぶんアンお嬢様にしか見せていないです。気を許している人にしか、見せない特別な表情なのですよ」

「そ、そうなのですね」


 そんなふうに言われたら、照れてしまう。

 コンスタンタンの特別という響きは、リュシアンにとって嬉しいことだった。


「たぶん、パーティーの参加人数が少ないので、憂いていると思うのですが」

「社交というものは、難しいですからねえ」

「ええ」


 そんな会話をしていたが、夜に驚くべき知らせが届く。

 王太子が、パーティーに参加するというのだ。

 どこからかそれを聞きつけた者達が、一気に参加させてほしいという手紙を寄越してくる。参加者は、一気に増えた。

 その件に関して、コンスタンタンはリュシアンに謝罪してきた。


「アン嬢、すまない。急に、こんなことになってしまい」

「いいえ、大丈夫ですわ。王の菜園には、豊富な食材がありますから」


 むしろ、嬉しい悲鳴である。

 パーティーで提供する料理は、下拵したごしらえさえしていたら当日はそこまで準備に時間はかからない。


「わたくし、頑張りますわ!」


 そう言ったら、コンスタンタンは笑みを浮かべる。

 笑顔に少々陰りを感じたが、リュシアンは気のせいだと思った。


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