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堅物騎士は、春の微笑みに見惚れる

 新しい『王の菜園』を造るために、コンスタンタンがまず頼ったのは──中央政治機関のジャン・ド・ノワルジェだった。

 彼は王の菜園の監査官を務めた人物で、貴族であるが市民寄りの考えを持つ。

 どうすれば、王の菜園が皆に受け入れられるのか助言を求めたのだ。

 その中で、ドラン商会の力を借りてはどうかという話がでた。

 ドラン商会とは、以前リュシアンが助けた老夫婦の息子が経営する雑貨商である。

 コンスタンタンの父グレゴワールは老夫婦と付き合いがあり、すぐに話を持ちかけることができた。


 コンスタンタン、リュシアン、グレゴワールが、ドラン商会の前会長であるドニを迎える。代表してコンスタンタンが計画について話した。


「なるほど。王の菜園を、旅人や商人、市民の憩いの場にしたい、と」

「はい」

「喫茶店に宿、ウサギの畜産か……。ふむ。いい計画だ。しかし、予算がちょっとばっかし足りんなあ」


 王太子から預かった予算に加え、アランブール伯爵家も出資している。

 十分な金額だと考えていたが、僅かに足りないようだ。


「わたくしの父に、出資を頼んでみましょうか?」

「アン嬢、それは、難しいだろう」


 コンスタンタンとリュシアンが婚姻関係にあるのならば、それも可能だ。しかしコンスタンタンとリュシアンは、偽りの婚約関係ではあるものの実際には他人である。他人の行う事業に、リュシアンの実家が金を投資するわけがない。

 打つ手が思いつかずに黙り込む中、グレゴワールがぽつりと呟く。


「アランブール家の財産をもう少々出してもいいが、失敗した時家が傾くな」


 成功するという保証はどこにもない。

 これ以上、アランブール家から資金を捻出することは難しかった。


「ドラン商会から出すよう、息子に相談してみよう」

「いいのですか?」

「ああ。たぶん、出資は可能だが、足りない分すべてを、というのは難しいだろう」


 誰か、王の菜園の事業に興味を持ち、出資してくれる資産家はいないものか──。

 ここで、リュシアンがポン! と手を叩く。


「でしたら、王の菜園の野菜で料理を作って、良さを知っていただくパーティーを開くのはいかがでしょう?」


 気に入った者に出資を呼びかけるのだ。リュシアンの提案に、グレゴワールとドニが同時に叫ぶ。


「それだ!!」


 リュシアンのアイデアは即採用される。

 一ヵ月後に、アランブール伯爵邸でパーティーが開かれることとなった。

 グレゴワールとドニ、コンスタンタンは知りうる限りの人脈に招待状を送る。

 リュシアンはパーティーで出す料理を、アランブール家の料理人と共に考えてもらった。

 休憩時間に、リュシアンはパーティーで出す料理の試作品を持ってくる。

 狭い執務室に、料理の匂いが漂う。かいだだけで、おいしい料理であることがわかった。

 リュシアンは籠の中から料理を出し、コンスタンタンの執務机に置いた。


「こちらはトマトの詰め物ファルシですわ。今の時季のトマトは酸味が強いので、肉のおいしさが引き立つかと」


 トマトの中身をくりぬき、スパイシーな味つけがされた挽き肉を詰めた料理である。

 さっそく、いただくことにした。

 ナイフを入れると肉汁がじゅわっと溢れてくる。

 匙で掬って食べる。口に運ぶまでの間に、肉汁が溢れてスープのようにひたひたになっていた。それを、パクリと食べる。

 トマトはトロトロで、肉はピリッとした風味の中にほのかな甘みもあった。トマトの酸味が味を引き立ててくれる。


「コンスタンタン様、どうですか?」

「おいしい。パーティーで出しても、問題ないだろう」


 そう答えると、リュシアンは微笑みを返す。厳冬を乗り越えた先にある春のような、暖かな笑顔であった。

 コンスタンタンは季節の中で、春が好きだ。

 それは、家族に由来するものである。

 曇天が続き、雪が降り積もる冬は決まって母の体調が悪くなる。それにともない、心配する父は塞ぎ込み、コンスタンタンまで暗くなってしまうのだ。

 春になれば、暖かな日差しが差し込み、美しい草花が芽吹く。

 母の具合が快方に向かうことはないが、家の中は明るくなっていたのだ。

 冬も目前となり肌寒くなったが、リュシアンがいたら春のぽかぽかとした陽だまりの中にいるようだった。


「コンスタンタン様は、どういったものが好きですの?」

「アン嬢が……」

「わたくしが?」


 聞き返され、コンスタンタンの顔の温度が一気に氷点下まで下がる。

 いったい何を口走ってしまったのか。額から汗がぶわりと浮かんだ。


「ア、アン嬢の……料理は、その、どれもおいしくて……好きだ」


 苦し紛れの言い訳である。だが、これがコンスタンタンに思いつく最大の言葉だった。

 何を言っているのか。呆れられても仕方がない。そう思っていたが──。


「まあ、とっても嬉しいですわ。わたくし、料理はあまり自信がなくて」

「いや、謙遜する必要はないだろう。差し入れの料理は、他の騎士もおいしいと言っている」

「そうですの? 嬉しい」


 リュシアンは満面の笑みを浮かべ、喜んでいる。


「こうしてはいられませんわ! わたくし、もっともっと料理を作らなくては!」


 立ち上がり、扉のほうへと向かったリュシアンであったが、くるりと振り向いて質問を投げかけてきた。


「コンスタンタン様は、どんな料理がお好きですの? 食材や調理法でも構いませんが」


 コンスタンタンは奥歯をぎゅっと噛みしめる。

 何が好きかと聞かれても、答えは「リュシアン」しか浮かんでこない。


 ふと、窓の外を見ると、カボチャを収穫しているところが目に付いた。

 これだと思い、口にした。


「カボチャ」

「カボチャ! わたくしも大好きですわ。ちょうど旬ですし、いろいろ考えてみますね。では、ごきげんよう!」


 リュシアンは執務室から去っていく。

 誰もいなくなった部屋で、コンスタンタンは一人、「好きだ」と呟いた。

 自らの呟きにギョッとして、左右に首を振る。

 リュシアンにのぼせ上っている場合ではない。仕事をしなければ。

 生真面目な騎士は、執務を再開させた。


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