堅物騎士は、王太子と会う
クレールの案内で、王太子の待つ応接間へと向かう。
隣を歩くリュシアンは、堂々としていた。王太子の呼び出しに、まったく緊張しているようには見えない。
一見して大人しい貴族令嬢のようだが、恐ろしく肝が据わった女性なのだ。
リュシアンが本当の婚約者だったらと、コンスタンタンはしみじみと思ってしまう。
今、彼女に結婚してくれと言う勇気は持ち合わせていなかった。
そんなことを考えているうちに、応接間に到着してしまった。
ゆっくり王太子と話をするのは、初めてだった。かつては親衛隊に所属しており、一言二言、言葉を交わす場面もあった。しかし、向かい合って話をする機会など一度もない。
コンスタンタンは腹を括って、扉を叩いた。
「コンスタンタンだね? どうぞ、入ってもいいよ」
「失礼いたします」
王太子は長い脚を組み、優雅に紅茶を飲んでいた。部屋には給仕係がいるくらいで、他の秘書も護衛も付けていない。
「コンスタンタン、忙しいのに呼び出してしまって悪かったね」
「とんでもないことでございます」
「ふふ、相変わらず、お堅い。リュシアン嬢も、夜会ぶりだね」
「お目にかかれて、嬉しく思います」
「私もだよ。さあさ、下げた頭を上げて、座って」
「はっ!」
リュシアンが座ったのを確認すると、コンスタンタンも腰を下ろした。
その間に、王太子は給仕を下がらせる。
「クレールも退室させたほうがいいかな?」
「いいえ、彼は問題ありません」
「そうか。よかったね、クレール」
「光栄の至りでございます」
わざとらしく頭を下げるクレールに、コンスタンタンは溜息を返した。
「それで、本題に移ろうか。コンスタンタン、君は、面白いことをリュシアン嬢としているようだね? 王の菜園の野菜の再利用、だったかな?」
「はい。現状、王の菜園の野菜のほとんどは、処分されております。それを販売したり、軽食を提供する喫茶店で使ったりしようかと考えております」
「なるほど、ね」
王太子はテーブルの上にあった書類を、コンスタンタンの前に差し出す。
「王の菜園の一年間の運営資金だよ」
「これは!」
コンスタンタンの仕事は王の菜園を守ることで、直接的な運営にはかかわっていない。よって、具体的な金額は把握していなかったのだ。
王の菜園は、確実に国の財政に打撃を与えている存在となっている。
「王の菜園を守っているアランブール伯爵家には悪いが、王の菜園は廃止すべきだと私は考えていたんだ」
王太子の言葉を聞いたリュシアンは、両手で口元を覆う。眉尻を下げ、悲しそうな表情を浮かべていた。
「ただ、今回、君達の提案を見て、このまま継続させたほうがいいと思ってね。喫茶店や宿泊施設は、貴族以外の客を想定しているのだろう?」
以前より、平民に貴族の働きを知ってもらったり、王族に親しみを覚えてもらったりするような施設を造ろうと考えていたらしい。
「王の菜園で、それができると思っていてね」
「そう、ですね。王の菜園の野菜を食べてもらうということは、確実に、王族への親しみを覚えるでしょう」
「そう、『親しみ』。私は民の一人一人に、王族に対して親しみを覚えてほしいと、常々思っていたんだ」
どのような人物が国を統べようとも、信用に足る存在ではないと、民は慕ってくれない。
何をすればいいのか、王太子は常々考えていたのだと話す。
「私達は、民の存在あっての王族だ。ただ、何もない大地の上に一人立っているだけでは、王族でもなんでもないからね。父は……残念ながら自らの周囲に立つ人々が見えていないようだけれど」
このままだと、確実に国が傾くと王太子は断言する。そのために、今は税率を下げるよう働きかけているようだ。
実現まで遠くはないが、生活に悲鳴をあげている者達は待ってはくれないだろう。
「コンスタンタン、リュシアン嬢、私に、手を貸してくれるね?」
王太子の言葉に、コンスタンタンとリュシアンは同時に頷いた。
「とりあえず、職に困っている者達の働く場所を提供してほしい。予算はこちらでなんとかするから、早急に動いてくれ」
「承知いたしました」
早急に、という言葉の通り、すぐさま行動に移そうとしたが、王太子に制止される。
「待ってくれコンスタンタン。お茶の一杯くらいは、付き合ってくれないか?」
「はっ」
浮かせた腰を、再び長椅子へと沈めた。
湯気の立った紅茶が、再び運ばれる。
「それで、君らの結婚は、いつなんだい?」
コンスタンタンは口に含んでいた紅茶を噴きだしそうになった。
胸を押さえ、なんとか飲み込む。
咳き込んでいる間に、リュシアンが答えてくれた。
「結婚は……王の菜園の新しい事業が落ち着いたら、と話し合っておりますの」
「しかし、こういうのは早いほうがいいのではないか?」
その問いかけには、コンスタンタンが答えた。
「それもそうですが、今は私も彼女も、王の菜園のことで頭がいっぱいで」
「そうか。結婚式には、私も招いてくれるね?」
「はい、もちろんです」
噛まずに言えた自分を褒めたいと、コンスタンタンは内心思う。
動揺を表情に出さなかったリュシアンにも、深く感謝した。
ここで、お暇することとなる。
クレールの先導を受け、廊下を歩く間も気が気ではなかった。
胸の鼓動が落ち着いたのは、馬車に乗ってからである。
「はあ、緊張しましたわ」
リュシアンは胸に手を当て、深い息をはいていた。まったくそのように見えなかったので、意外に思う。
「よく、落ち着いていたように見えたが?」
「コンスタンタン様がどしんと構えていたので、わたくしもきちんとしなきゃと思って、表情筋に力を入れていたのです」
それを聞いたコンスタンタンは、ふっと笑いが零れた。
「どうかなさって?」
「いや、私も、アン嬢と同じことを考えていたんだ」
「同じこと、と言うと?」
「アン嬢が欠片も動揺を見せていなかったから、堂々としていなければと思っていたんだ」
「まあ、わたくし達、お互いに助け合っていたのですね」
「そうだったみたいだ」
リュシアンは笑顔を浮かべ、コンスタンタンを見つめる。
彼女が微笑んだ瞬間、胸を鷲掴みされたような感覚に陥った。
リュシアンと一緒ならば、どんな困難も乗り越えられそうな気がする。
ここでも、コンスタンタンは結婚したいと内心思ってしまった。




