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堅物騎士は、呼び出しを受ける

 ついに、王の菜園の野菜を使う許可が下りた。リュシアンと手と手を取って喜んでいたのも束の間のこと。

 翌日、コンスタンタン宛に一通の手紙が届いた。差出人の署名は、王太子イアサント・ロドルフ・ニコラ・デュピュイトラン。

 手紙を持つ手が、震えてしまう。

 王太子直筆の手紙が届いただけでもとんでもないのに、書かれていた内容も思いがけないものだった。


 ──コンスタンタン、何か、面白いことをしているみたいだね。婚約者を連れて、詳しい話を聞かせてくれるかな?


 つまり、リュシアンを連れて王宮に来い、という内容だった。

 王太子の命令は絶対である。

 コンスタンタンは長く深い溜息をつき、リュシアンに話しに行くことにした。


 リュシアンは今日も、元気よく働いている。

 貴族女性は、太陽の下に出ることを嫌がるという話を聞いたことがある。だが、彼女の場合はまったくそんなことはないようだ。


 嬉しそうに作業をしているリュシアンの様子を眺めていたが、よくよく見たら手にピンセットを持ちもう片方の手には瓶を持っていた。あれはいったい何をしているのか? 考えていたら、リュシアンがコンスタンタンの存在に気づいてやってくる。


「お疲れ様です、コンスタンタン様」

「ああ──」


 アンの持っている瓶を見て、ぎょっとする。水の中に沈んだ虫が入っていた。どうやら、畑の作物の害虫退治を行っていたようだ。


「瓶の中の虫は、害虫なのか?」

「ええ。野菜の茎、葉、実まで食べつくす悪い子ですの」

「そうか」


 嬉しそうにしていたので、収穫をしているのかと思っていた。実際は害虫退治だったようだ。

 害虫についてはひとまず措いて、本題へと移る。


「アン嬢、突然で悪いのだが、明日の昼頃──」


 ここから先を言うのは気が重い。しかし、腹を括って言いきった。


「王太子殿下に呼び出された。アン嬢も連れてくるようにとあったから、同行してもらえると、その、助かる」


 王太子は絶対連れて来いと書いていたわけではない。けれど、王族の提案は絶対なのだ。

 ちらりとリュシアンの顔を見たら、驚いた顔をしていた。

 それも無理はないだろう。王太子の呼び出しなど、コンスタンタンですら初めてだった。


「もちろん、絶対に、というわけではない」


 リュシアンに無理をさせるわけにはいかなかった。行かないと言った場合、コンスタンタンが王太子に平謝りをすればいいだけである。

 胃がキリリと痛みそうだったが、そもそもリュシアンとの婚約は仮のもの。ここで、喧嘩をしたなどと説明したら、婚約を破棄したあと言い訳もしやすくなる。

 そう思っていたが──。


「王太子殿下にお招きいただけるなんて、光栄です。ご迷惑でなかったら、ぜひ、ご一緒したいですわ」


 リュシアンは虫を一網打尽にした瓶を片手に持った状態で、天使のような微笑みを浮かべて言った。


 ◇◇◇


 翌日──コンスタンタンはリュシアンと共に馬車で王城を目指す。

 王太子の呼び出しだからか、リュシアンはめかし込んでいた。

 詰襟のアフタヌーン・ドレスに、カシミアのマントを合わせていた。髪の毛はハーフアップにして、ベルベットのリボンで結んである。

 夜会のリュシアンは美しかったが、今日は可憐だった。


「コンスタンタン様、何か、おかしい点などありますか?」

「あ、いや、別に」


 ここで、綺麗だとか、似合っているだとか言えたらよかった。しかし、そんな気の利いた言葉などポンポン出ていたら今頃結婚している。


 下町のならず者に破壊された馬車は、綺麗に修理されて戻ってきた。


「アン嬢、隣に座ってもいいか?」

「え? あ、はい」


 先日の襲撃事件を踏まえ、コンスタンタンは扉側に座る。ロザリーはリュシアンの前に座ってもらった。

 馬車の天井を剣の柄で叩くと、馬車は走り始める。


「すまない。事件からそんなに日も経っていないのに、連れ出したりして」

「いいえ」

「座席の下に銃があることは、誰かから聞いていたのか?」

「いえ。父から、馬車で何かあった時、たいてい座席の下に銃があるから、迷わず撃つように言われていたんです」

「そうか」


 リュシアンの父親に感謝しなければならない。おかげで、リュシアンは暴漢を撃退することができたのだ。

 自分も娘ができたら、同じように教えたい。と、そこまで考えて、ハッと我に返る。まだ、相手もいないのに、何を決意しているのだと。

 結婚相手は──見つかりそうにない。この前の夜会に参加して、その思いは強くなった。


 夜会の記憶を振り返っても、リュシアンの姿しか思いだせなかった。彼女以外、眼中になかったのだ。

 心の中で、頭を抱え込む。いつの間にか、リュシアンのことで頭がいっぱいになっていた。

 この先、彼女なしで暮らしていけるのか。わからない。


 と、そんなことを考えている間に、王都に辿り着く。

 カーテンを開き、街の様子を眺める。

 数日前に事件があったとは思えないくらい平和だ。

 しかし細部を見ると、道行く親子の顔色は悪く、昼間から酒を飲み路地裏でたむろする者も見られた。

 治安は悪化の一途を辿っている。これを長い間放置していたら、大変なことになる。

 ふいに、リュシアンがコンスタンタンの服の袖を掴んだ。不安げな表情で、見つめてくる。

 コンスタンタンと同じように、リュシアンも街の異変に気づいたようだ。


「大丈夫だ。王太子殿下は、きっと対策を考えていらっしゃる」


 まだ、間に合う。街の異変に、気づいている存在ものがいる限り。

 コンスタンタンはリュシアンを安心させるために言ったが、自らに言い聞かせるような言葉でもあった。

 馬車は街中を走り抜け、王城へとたどり着く。


「よう、コンスタンタン!」


 明るく挨拶してきたのは、元同僚の騎士クレールだ。ニヤニヤとしながら近づいて来る。

 どうやら、婚約したと聞いて冷やかしにきたようだ。


「これが噂の可憐な婚約者か」


 クレールは早く紹介するようにと、視線で急かしてくる。コンスタンタンは渋々と、リュシアンを紹介することにした。


「アン嬢、彼は王太子殿下の親衛隊で同僚だった騎士、クレール・ド・シャリエ。クレール、彼女は、フォートリエ子爵家のリュシアン嬢だ」

「初めまして、リュシアン嬢」

「シャリエ卿、お会いできて光栄です」


 婚約は仮染めのものだ。それなのに、挨拶を交わす二人を見ながら、どうしてこうなったのだと溜息をついた。


あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いいたします!


明日より不定期更新となります。毎日の更新にお付き合いいただきありがとうございました。

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