堅物騎士は、新しい一歩を踏み出す
とんでもない事件に巻き込まれてしまった。事情聴取を受けたあと、コンスタンタンは頭を抱える。
税率が上がり、それを取り決めた国王や貴族への不信感が高まっているという話は聞いていた。実際、暴動が起こっているのも目にしたことがある。
王太子はこれを危惧して、税率を上げることを反対していたのだ。
まだ、活動家達の火は小さい。けれど、その火が炎となった時、騎士だけでは対処できない大きな脅威となるだろう。
「アランブール卿」
「デール副隊長」
名を呼ばれ、振り返った先にいたのは──口髭をたくわえた中年の騎士。王太子親衛隊の副隊長であり、かつての上司でもある。
「アランブール卿の馬車が襲撃されたと聞き、王太子殿下が様子を見に行くようにと」
「そうでしたか。この通り、無事です」
軽く、事情も話す。
「なるほど。怪我人もなく、穏便に済ませたか」
「はい」
剣を抜いていたが、相手を斬りつけることはしていない。倒す時は拳や蹴りを使い、力任せに捻じ伏せていた。
「恰好が、一般人が考えた素人の装備でしたので」
「咄嗟の判断のおかげで、騎士隊の名誉も守られただろう」
ここで怪我を負わせていたら、騎士が市民に暴行したという噂が出回っていただろう。考えただけでも、ゾッとする。
「騎士は国と市民を守る……その信条を覆さなければならない日が、来なければいいが」
「王太子殿下が、きっとどうにかしてくださいます」
「そうだな」
とにかく、事件は無事解決した。今は、それを喜んだほうがいいだろう。
「しかし、アランブール卿はいい婚約者を見つけた」
「いい、婚約者?」
「ああ。なかなか、暴漢相手に銃を向けて、思い切りよく発砲できる女性はいないよ」
「それは……そうですね」
「勇敢なお嬢さんだ。最高の騎士の妻となるだろう」
騎士は悪しき者から弱き者を守ることを職務とする。
そんな中で、恨みを買うことも珍しくない。騎士の家族が襲われたという話は、何件も報告されている。夫の不在中、妻や子が襲われて亡くなってしまったという悲劇もあった。
「しかも、銃弾は当てずに外したのだろう。その咄嗟の判断力も、素晴らしい」
リュシアンは相手が銃声に驚いて、引いていくことに賭けたのだろう。
もしも銃弾が男に当たっていたら、大変なことになっていた。
「怖かっただろうに……気の毒なことだ」
「ええ」
「早く、婚約者のもとへ戻ってやれ」
「はい、ありがとうございます」
待合室に顔を出すとリュシアンが弾かれたように立ち、コンスタンタンのほうへと駆け寄ってくる。
「アン嬢、大丈夫か?」
「ええ、平気です」
発砲した時は不安げだったが、今は毅然としていた。
ここで、先ほどデール副隊長が言った言葉を思い出す。
──勇敢なお嬢さんだ。最高の騎士の妻となるだろう。
コンスタンタンもそう思う。リュシアンが妻になってくれたら、最高だろう。
出会った当初は、あまりの肌の白さに慄いた。
母親のように病弱なのではと思ったのだ。しかし、リュシアンは元気だった。
太陽の光で立ち眩みを起こすことはないし、寒空の下でも具合を悪くすることはない。
実に健康的な女性だったのだ。
しかし、不健康であっても、リュシアンが魅力的な女性であることに変りない。
今、ここで結婚を申し込みたい。
しかし、リュシアンの人生はリュシアンのものだ。コンスタンタンの人生に巻き込んではいけない。
そうでなくても、騎士の妻は危険が伴うのだ。
気持ちが高まったからと言って、安易に申し出ていいことではない。
リュシアンには、寛大で優しく、明るい男があっているような気がする。
かつて、コンスタンタンが仕えていた王太子のような。二人が並んだ姿は、美男美女でお似合いに見えた。
王太子には婚約者がいるので、二人が結ばれることはありえない話だが。しかし、そんなことを考えていたら胸がじくりと痛んだ。
「コンスタンタン様、いかがなさいましたか?」
「あ──いや、なんでもない。帰ろう」
やっと、家に帰れる。もう、日付が変わっていた。早馬を打ったとはいえ、父は心配しているだろう。
騎士隊が用意した馬車で、護衛を受けつつ帰ることとなった。
◇◇◇
翌日、朗報が届く。
コンスタンタンは届いた紙を握り、リュシアンのもとへ急いだ。
「アン嬢!」
畑でカボチャの収穫をしているリュシアンのもとへと駆けて行く。
「コンスタンタン様、いかがなさいましたか?」
上手く言葉が出てこなくて、届いた書類をそのまま差し出した。
「え、なんですの? 先日の監査の結果を受けて検討したところ──王の菜園の野菜を使うことを許可──する!?」
リュシアンの瞳が輝く。
「コンスタンタン様!?」
「ここの野菜の利用が、認められた」
「ああ、なんてことですの!」
リュシアンがコンスタンタンに抱き着く。その身を、優しく抱き返した。
周囲の騎士や農業従事者の視線が集まっていたが、気にならないほど気分が高揚していた。
王の菜園は、新しい一歩を踏み出す。
コンスタンタンはこの地を新しい方向へ導けることを、誇りに思った。




