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お嬢様は想定外の事態に直面する

 中庭に出る前に、コンスタンタンはリュシアンに騎士隊のマントをかけてくれた。


「あの、コンスタンタン様」

「外は寒い」

「しかしこれは、大切な騎士様のマントでは?」

「マントはこういう時に使うのだ。気にするな」

「は、はい。ありがとうございます」


 コンスタンタンが中庭へ続くガラス戸を開く。リュシアンは一度頭を下げ、外に出た。

 ヒュウと冷たい風が吹いたが、会場が暑かったので心地よい風に感じた。

 中庭には巡回の騎士がいるばかりで、参加者の気配はなかった。皆、舞踏室ボールルームでダンスを踊るのに忙しいのだろう。


「寒くないか?」

「ええ、平気です」


 中庭は薔薇が盛りを迎えていた。秋の薔薇の数は多くはないが、香りが濃い。

 濃厚な薔薇の芳香に包まれながら、庭を歩く。

 迷路のように入り組んだ薔薇園を、コンスタンタンのエスコートで進んで行った。

 開けた場所には、噴水と木製の長椅子が置かれていた。騎士の気配もないので、ここで落ち着くようだ。

 コンスタンタンは椅子にあった枯れ葉を払い、リュシアンに座るよう勧めてくれた。


 空にはポツポツと星が浮かび、大きな月が存在感を主張していた。

 ここでリュシアンは、王都では故郷のように満天の星が見えないことに気づく。


「アン嬢、すまない」

「え!?」


 突然コンスタンタンに謝罪され、リュシアンは目を丸くする。


「あ、あの、コンスタンタン様は、わたくしに謝るようなことはしておりませんわ。逆に、謝らないといけないのは、わたくしで」

「なぜ?」


 同じ言葉を、さらに返したいとリュシアンは思った。


「王太子様に、嘘の婚約がバレてしまいましたし」

「私の謝罪もそれだ。あの場で否定できたらよかったのだが、ランドール卿が何をするかわからないと思って」

「ええ……」


 婚約が嘘だと知ったら、ロイクールが何をしでかすかわからない。


「でも、王太子様に、あんなに祝福されて……、わたくし、どうすればいいのか」

「大丈夫だ。気にしなくてもいい。婚約が解消されることなど、社交界ではよくある」

「え、ええ、そう、ですけれど」


 婚約が解消されたら、噂となってしまう。領地で暮らすリュシアンは痛くも痒くもないが、王都の近くで暮らすコンスタンタンにはいい迷惑だろう。

 涙が浮かび、瞬きをしたらポロリと零れてしまった。


「アン嬢……」

「ごめんなさい」


 その後、静かな時間を過ごす。

 本当に、コンスタンタンには申し訳ないことをした。どう、謝罪していいのかわからない。

 突然立ち上がったコンスタンタンは、何を思ったのかリュシアンの前に片膝を突いて言った。


「私は、自分のためにした」

「え?」

「ランドール卿の暴言が赦せなかった。だから、婚約者の振りを続けた。それだけだ」


 それを聞いたリュシアンは、さらにポロポロと涙を流してしまう。

 泣いてしまったリュシアンを前に、コンスタンタンはどうしたらいいのかわからないという表情でいる。

 リュシアン自身も、どうしたらいいのかわからなかった。


「あの………………、今の時季は、アン嬢の故郷で収穫祭があると言っていたな」

「え、ええ」

「どのようなダンスを踊るのだ?」

「え?」

「ここにも、音楽が聞こえる。踊れそうならば、踊ってみたい」


 リュシアンは驚く。収穫祭のダンスをコンスタンタンが踊りたいというのだ。


「あの、収穫祭のダンスは、庶民のダンスですのよ? 高貴な方が踊るような、格式ばったものではありません」

「夜会のダンスは苦手だ」


 夜会のダンスはただ踊るというわけではない。相手を見定め、結婚相手としてふさわしいか調べるものでもある。収穫祭のダンスのように、喜びや楽しみを見出すものではない。


「収穫祭のダンスの話をする時のアン嬢はとても楽しそうだった。だから──」

「ええ、わたくし、収穫祭のダンスが大好きですの!」


 リュシアンは立ち上がり、手を差し出す。コンスタンタンがぎゅっと握り返してくれた。

 それから、収穫祭のダンスをコンスタンタンに教える。

 実に単純な動きなので、覚えるのに五分とかからなかった。

 舞踏室から流れる楽団の演奏が、ゆったりしたものから律動的なものへと変わった。


「アン嬢──私と踊っていただけますか?」


 コンスタンタンは胸に右手を当て、左手を差し出す。

 それは、収穫祭のダンスにおいての、求婚者の誘い方だった。

 これで、ダンスを踊るのを受けた場合、女性はその男性と結婚するのだ。


 コンスタンタンはきっと、知らないでしたのだろう。

 リュシアンはこうやって、収穫祭でダンスを誘われることなど一生ないと思っていた。

 相手がコンスタンタンならば、願ってもないことだ。

 リュシアンは泣いているのか笑っているのかわからない状態で、差し出された手を取った。


 手と手を握り、くるくると回る。軽やかなステップを踏み、一回離れて手を叩く。ひたすら同じ動きの繰り返しだ。それなのに、楽しい。

 リュシアンはドレスの裾を翻しながら、心からの笑みを浮かべていた。


 ◇◇◇


 初めての宮廷夜会は素晴らしいものだった。

 リュシアンは高揚した気持ちを抑えつつ、馬車に乗り込む。

 行きと違い、馬車は順調に道を進んでいた。しかし──。

 急に、馬車が動かなくなる。カーテンを開こうとしたら、コンスタンタンが手を取って止めさせた。


「アン嬢、窓から離れたほうがいい」

「!」


 馬車の外で、何か起きているのだ。

 リュシアンはコクリと頷き、座席の真ん中へと寄った。すぐさまロザリーが傍に寄る。


 外からガラスの割れる音と、女性の甲高い悲鳴が聞こえた。


「二人とも、クッションで頭部を守り、座席の下にしゃがみ込んでおくんだ」

「わ、わかりました。ロザリーも」

「は、はい」


 コンスタンタンは険しい表情でいる。

 

「これも貴族の馬車だ!」

「襲え!」


 外にいる者の声が、確かに聞こえた。

 汗がぶわりと浮かび、全身鳥肌が立つ。ロザリーがリュシアンを守るように、ぎゅっと抱きしめてくれた。彼女の寄せた腕も肩も、震えていた。

 ロザリーも怖いのだ。ここで、リュシアンは冷静さを取り戻す。

 リュシアンはロザリーの背中を撫でて安心させ、座椅子の下を探った。


「扉を突き破れ!」


 そんな声が聞こえたのと同時に、コンスタンタンが馬車の扉を蹴破る。


「ぎゃあ!!」

「何事だ!!」


 扉の外にいた男は地面を転がる。それと同時に、コンスタンタンが馬車から降り立った。

 スラリと剣を抜き、馬車を守るように襲撃者と対峙する。

 相手は十名。思っていた以上に多かった。

 コンスタンタンは一気に襲撃を受ける。十人も相手にするのは、優秀な騎士であるコンスタンタンでも難しいだろう。しかも、馬車を守りながら戦うというのは困難を極める。


 だが、コンスタンタンは二人、三人、四人とどんどん倒していく。

 大丈夫かもしれない。そう思っていたその瞬間、コンスタンタンが蹴破った扉からぬっと男が顔を出す。どうやら、馬車の裏手に一人隠れていたようだ。


「ヒッヒッヒッ! 悪いなあ、お嬢さん方」


 ロザリーは息を呑んだ。リュシアンは凛と叫んだ。


「ロザリー、伏せて!!」


 リュシアンの言葉に従い、ロザリーはその場に伏せる。

 同時にリュシアンは座席の下にあった短銃ピストルを手に取り、安全装置を外して迷わず引き金を引いた。


 ダーーン!! と、大きな銃声が鳴る。

 男は脱力するように倒れた。


「アン嬢!!」


 すぐさま、コンスタンタンが様子を見に戻る。

 リュシアンは涙を流しながら、銃を撃ったのだ。

 弾は男に当たらず、馬車の壁を貫いていた。わざと、外した。


「コ、コンスタンタン様!」


 コンスタンタンは馬車に乗り込み、リュシアンを抱きしめる。

 彼の温もりを感じているうちに、恐れや震えは薄くなっていった。


 ◇◇◇


 馬車を襲ったのは、下町のならず者だった。

 税率が上がった関係で職を失い、貴族に恨みを抱いて行動を起こしたらしい。

 襲われた人は馬車を壊され、刃物で脅されていたが、危害を加えることはなかったようだ。

 税率を下げないと、貴族に危害を加えるという活動だった。

 ターゲットにされた貴族は、いい迷惑である。

 事件を起こした者達は全員捕まり、お縄となった。

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