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お嬢様は堅物騎士の名前を呼ぶ?

 コンスタンタンが言っていた通り、途中から馬車が停まり動かなくなる。

 カーテンを開くと、馬車を降りてぞろぞろと歩く貴族の姿があった。


「アランブール卿、わたくし達も、歩きます?」

「そうだな」


 降りようとしたその時、ロザリーがリュシアンに待ったをかける。


「アンお嬢様、夜会の会場では、アランブール卿ではなく、お名前で呼ばないと怪しまれますからね!」

「あ……そう、でしたね」


 婚約者同士であったら、名前を呼ばなくてはならない。リュシアンはまず、コンスタンタンに了承を得る。


「あ、あの、アランブール卿、お名前で、呼んでもよろしいです?」

「別に、構わない」

「ありがとうございます」


 ここで、ロザリーがさらなる注意を促す。


「一度、練習しておいたほうがいいですよ。噛みそうな名前ですし」

「ロザリー、失礼ですわ」

「いや、確かに、私の名はよく噛まれる」


 ロザリーは「ほら!」と言わんばかりの表情で見てくる。

 リュシアンは溜息を一つ落とし、腹を括った。


「コ……」


 異性の名を、というよりはコンスタンタンの名を呼ぶのは、ひどく緊張する。

 呼びかけようとしても、すんなり出てくるものではない。

 ロザリーの言う通り、練習が必要だったようだ。


「アンお嬢様、頑張ってください」

「ええ」


 息を大きく吸い込んで、はく。

 腹を括り、コンスタンタンの名を呼んだ。


「コンスタヌ……タ……うっ!」


 さっそく、噛んでしまう。ロザリーはぶっと噴きだしていた。

 コンスタンタンも口元を押さえ、顔を背けている。


「ごめんなさい、もう一度──コンスタタ」


 ロザリーは堪えきれなかったのか、笑いだしてしまう。コンスタンタンも肩を震わせていた。リュシアンは顔から火が噴き出るような気分を味わう。


「ご、ごめんなさい……」

「い、いい、気にするな」


 コンスタンタンも明らかに笑っていた。どうしてこうなってしまったのかと、リュシアンは頭を抱え込む。


「わたくしは……どうすれば……」

「用事がある時は、私の服を引けばいい。そうすれば、耳を傾けるから」

「あ、ありがとうございます!」


 これで、ひとまず問題は解決ということにしておく。


 リュシアンはコンスタンタンのエスコートを受けながら馬車を降り、夜会会場まで向かう。

 腕を組み、密着して歩くというのは、酷く恥ずかしいものだ。しかし、周囲の人達は同じように密着し平然と歩いている。

 リュシアンも照れずに、歩かなければならない。


「アン嬢、寒くないか?」

「いいえ、案外平気ですわ。実家は、まだ冷えますから」

「そうか」


 緊張で寒さどころではない。不思議な高揚感があった。

 だんだんと、王宮が見えてくる。


「あそこが──」

「王の住まう宮殿だ」


 年に一度、社交期に開催される夜会。物語に出てくるような光景が、広がっているのだろう。

 リュシアンは密着したコンスタンタンの温もりを感じながら、夜会会場へと向かう。


 ◇◇◇


 豪奢なシャンデリアに、滑りそうな大理石の床、心地よい音楽を奏でる楽団──王宮の夜会会場では華やかな世界が広がっていた。

 視界の端では、一人の女性に大勢の男性が群がっている。

 女性は手に、手帳のようなものを持って何か熱心に書き込んでいた。

 コンスタンタンの上着を引き、質問する。


「あの女性は、何を書いていますの?」

「あれは、ダンスの予約だ」

「え!?」


 王都の夜会では、予約しなければ踊れないほど人気の女性がいるようだ。


「あれは、見合いも兼ねている。ダンスをする間に、相手を見繕うのだ」

「まあ……そう、でしたの」


 田舎の夜会では、そんなことなど起きない。いつもの顔見知りの人々が集まって、近くにいた人と踊る。親戚の付き合いのようなものである。

 まだ、年に一度開催される収穫祭のダンスのほうが特別な意味合いを持っていた。


 キョロキョロし過ぎたのか。周囲の視線が集まっているような気がする。リュシアンはコンスタンタンに身を寄せ、なるべく目立たないように努めた。

 だんだんと、参加者が増えてくる。身動きが困難なくらいの人々が、会場に集まっていた。

 自然と、リュシアンの視線は同性に注がれる。

 夜会に参加している女性達は、皆華やかで美しい。それから、肌が白かった。

 あの白さは、化粧では出せないものである。リュシアンはこっそりと溜息をついた。


「アン嬢、何か、食べるか?」

「い、いえ、ちょっと……」

「具合が悪いのか?」


 コンスタンタンは身を屈め、リュシアンの顔を覗き込む。


「顔色が、悪い」


 それは、ロザリーに頼んで顔色が青白く見えるような化粧を施したからだ。

 大きなシャンデリアは、肌を健康的な色合いに照らしてくれる。青白く仕上げたら、ちょうどよく見えるのではないかと思っていたのだ。


 大丈夫だと言おうとしたら、すぐ目の前にコンスタンタンの顔があった。

 リュシアンは照れてしまい、顔を背ける。


「今度は、顔が火照ってきているようだ。医務室に行って休んだほうがいい」

「い、いえ! 私、平気です。人混みに酔っただけです。少し、風に当たったらよくなります!」


 リュシアンはコンスタンタンの腕を掴み、ずんずんと庭のほうに向かった。

 思いがけない事態に直面することも知らずに。

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