お嬢様はドレスに不満をもらす
ついに、夜会当日となった。
リュシアンは持参していた小花の刺繍入りのイブニングドレスを纏い、姿見で確認する。
純白のドレスは美しいが、いまいち似合っていないような気がした。
「……少し、地味に見えますわ」
「アンお嬢様、だから申し上げたでしょう」
「着る前はそう思っていませんでしたの。でも、実際纏ってみたら地味に思えて」
「私は、着ていただく前から、地味だと思っていましたけれど」
リュシアンが急に見た目を気にするようになったことには、一つだけ理由がある。
コンスタンタンの婚約者として、並んで歩くからだ。
もしも、おかしな恰好をしていたら、コンスタンタンの恥となってしまうのだ。
「わたくし一人で参加するならば、別に構いませんけれど」
つい最近まで、率先して壁の花になっているつもりだったのだ。まさか、このような事態になるとは、想定もしていない。
「わたくしのせいで、アランブール卿が陰口でも言われたら、どうしましょう」
「安心してください、アンお嬢様。こんなこともあろうかと、奥様からある品を預かっております」
「え?」
ロザリーが鍵付きのチェストから木箱を取り出す。蓋を開くと、シードパールが精巧に編まれた花のティアラとペンダント、それから大粒のパールで作った耳飾りが入っていた。
「これは──」
「奥様の、嫁入り道具だそうです。今年は真珠が流行っているみたいで、ちょうどいいからと」
「お母様……」
「すみません、黙っていて。もしも、ドレスが地味だ、なんだと文句を言ったら、出すように言われていたんです」
「そう、でしたのね」
リュシアンの母は王の菜園に働きに出ることを、最後まで反対していた。
しかし、リュシアンを想って、パールのひと揃えを用意してくれた。眦に涙が浮かぶ。
「さて、アンお嬢様、仕上げをしますね」
「ええ、お願い」
リュシアンの長い金の髪はじっくり梳られ、左右を丁寧に編み込んでくれる。ピンを差し、おくれ毛が一本も出ないような美しい髪型にしてくれた。
化粧はいつも通り、厚く。今日は露出している腕や首筋まで白粉を塗り込んだ。
続いて、パール一式の装着をしてくれる。
ティアラに耳飾り、首飾りと、ロザリーは次々と付けていった。
最後に、姿見を持ってきた。
「アンお嬢様、お似合いですよ」
「ありがとう、ロザリー」
パールを纏ったらぐっと華やかに見えた。これならば、コンスタンタンの隣を歩いても見劣りしないだろう。
外は寒いので、カシミアの襟巻と毛織物の外套が用意された。
身支度が整ったら、透かし細工を施した白檀の扇が手渡された。これで、準備は万全である。
ドレスは重量があるので、ロザリーが手を引いてくれた。
「華やかな夜会は初めてなので、心配ですわ」
「大丈夫ですよお、アンお嬢様が一番お綺麗です」
「ロザリーはわたくし以外の貴族女性を知らないから、そんなことが言えますのよ」
「でも、ここだけのお話、アンお嬢様はご姉妹の中で、一番美人ですよ」
「あら、本当?」
「ええ。私は、嘘は言えない正直者なんです」
「ふふ、ロザリー、ありがとう」
ロザリーと話をしているうちに緊張が薄らいだ。だが、アランブール伯爵家のエントランスの階段に辿り着いた瞬間──リュシアンの心臓がバクンと跳ねた。
騎士隊の正装姿のコンスタンタンが、待っていたのだ。
いつもの青い制服姿とは違い、白い制服に金の飾緒を垂らしている。腰に差しているのは儀礼用の剣なのか、細工が施されて美しかった。
前髪を後ろに撫で上げたコンスタンタンは、いつもと雰囲気が違っていた。
普段は精悍だが、今宵は貴公子のように見えた。
コンスタンタンと視線が交わり、リュシアンの胸はドキドキと高鳴っている。
まるで、物語の姫君のような気分を味わっていた。
「アンお嬢様、もう、よろしいですか?」
「え、ええ」
どうやら、しばし見つめ合っていたようだ。ロザリーの声で、ハッと我に返る。
「アン嬢、手を貸そう」
階段を降りようとしたら、コンスタンタンが颯爽と上ってきた。
差し出された手に、そっと指先を重ねる。
リュシアンの歩調に合わせ、コンスタンタンはゆっくりと下りてくれた。
使用人の手によって、扉が開かれる。外から、ヒュウと冷たい風が流れ込んでいた。
しかし、リュシアンの火照った頬を冷ますのにはちょうどよかった。
コンスタンタンの手を借りたまま馬車に乗り込む。ロザリーも、続いて乗車してきた。コンスタンタンも乗り込み、最後に従僕が扉を閉めてくれた。
「王都は夜会に参加する貴族の馬車で大渋滞しているだろう。もしかしたら、途中から歩くかもしれない」
「ええ、構いませんわ」
幸い、足腰の強さには自信がある。体力も力もあるので、問題ないだろう。
まったく楽しみでなかった夜会だが、当日を迎えるとワクワクしてしまった。
どんな人が参加しているのか。王族とも会えるのか。
王都に入ると、リュシアンは馬車のカーテンを開く。
まだ、王城ははるか先であるのに、すでにドレス姿の男女が歩いていた。
「みなさま、ここから歩かれるのですね」
「馬車を持っていない家もあるからな」
たしかに、馬車は維持費がかかる。貴族は皆、同じように暮らしているわけではない。
窓の景色を楽しんでいたら、途中で気づく。
「わたくしったら、おのぼりさんでしたわ」
おのぼりさんみたい、とは言えなかった。確実に、王都の賑わいに驚き、興味を示していたのだから。
コンスタンタンは呆れるどころか、ふっと淡く微笑む。さらに窓から身を乗り出し、街の案内をしてくれた。




