堅物騎士は、お嬢様を守る
私室にリュシアンを連れ込み、扉を閉める。
異性を部屋に連れ込んだのは初めてだった。通常、婚前の男女が密室で二人きりになることはありえないことだが事態が事態なので仕方がない。
すぐに離れるとアンは目を潤ませ、顔を真っ赤にさせていることに気づく。
「アン嬢──」
「アランブール卿、申し訳、ありませんでした!」
リュシアンは深々と頭を下げ、謝罪する。
ロイクールの訪問は、偶然ロザリーが目撃したらしい。それで、慌ててやってきたというわけだった。
「あの、ロイクールは幼馴染でして、昔から、わたくしの嫌がることばかりしてくるのです」
ある日は、リュシアンの参考書にヘビの抜け殻を挟んでいたり、ある日は、歌の発表会の時に前列に陣取ってリュシアンが歌う時だけ笑っていたり。
幼いころから、リュシアンの嫌がることを繰り返していたのだ。
時が経って大人になったリュシアンとは違い、ロイクールは変わらない態度で接してきた。
変わらないロイクールの態度に、リュシアンは我慢の限界だったのだ。
「結婚だって、わたくしが嫌がる反応を見たかったに違いありません。本気で結婚しようとか、考えていないのでしょう」
「別に、将来を誓った仲ではないと」
「ええ、まったく、これっぽっちも!」
リュシアンはロイクールと踊った収穫祭の求婚ダンスのことは、さっぱり忘れているようだ。
コンスタンタンはロイクールのリュシアンへの恋心は勘付いたが、リュシアンはまったく気づいていなかった。
ロイクールが素直な態度で接しなかったからだろう。好きな娘を虐める男の心理は、コンスタンタンには理解できなかった。
気の毒といえばいいのかよくわからない状況である。
「もしも、彼との結婚話が浮上したら、たちまち成立してしまうでしょう」
ロイクールの実家、ランドール家は歴史ある名家だ。
リュシアンが嫌がる様子を面白がって、本当に結婚話が浮上したら、父親は喜んで話を受けてしまうだろう。だから、コンスタンタンと結婚の約束をしていると、あの場で嘘をついてしまったのだと告白した。
「なるほど。そういう事情だったのか」
「巻き込んでしまって、ごめんなさい」
「いいや、今、アン嬢が実家に連れ戻されたら、ここは大変なことになる。この程度のことであれば、いくらでも協力しよう」
「アランブール卿……! 深く、感謝します」
咄嗟についたリュシアンの嘘だったが、この場限りのものだと思っていた。
ロイクールが帰ったら、いつも通りになると考えていたのだ。
しかし、リュシアンはロイクールの行動力を甘くみていた。
彼は実家に戻ることなく、王都に滞在することを決意したのだ。
◇◇◇
ロイクールの訪問から一週間が経った。コンスタンタンとリュシアンは、彼がやってきたことなど記憶の彼方に飛ばしていた。
そんな中で、思いがけない事態となる。騎士隊の第二王子の近衛部隊の制服に身を包んだロイクールがやってきたのだ。
「どうも、アン」
「あなた──ロイクール!?」
偶然、その場にコンスタンタンも居合わせる。
リュシアンはサッと表情を青くし、コンスタンタンの背後に隠れた。
「ロイクール、あなた、どうして騎士隊の制服を着ていますの?」
「驚きましたか? 第二王子の近衛部隊に入ったのですよ」
「なっ!」
ロイクールは第二王子の派手な紫色のマントを広げ、自慢するように言った。
リュシアンはコンスタンタンの腕を握り、微かに震えている。
コンスタンタンはリュシアンを守るため、ジロリとロイクールを睨みつけた。
「そういえば、アランブール卿は一ヵ月前まで王太子の近衛部隊にいたらしいですね」
「たしかに所属していたが、それがどうした?」
「いや、なんで、小汚い畑送りにされたのかなと」
「ロイクール、何を言っていますの?」
先ほどまで震えていたリュシアンであったが、コンスタンタンの話題になった途端、一歩前に踏み出してくる。
「アランブール卿は、お父様を助けるために、異動なさったのです。それに、ここは、王の菜園ですわ。皆、誇りを持って働いています」
「な、なんですか。大きな声を出さないでいただけます?」
「ロイクール、あなた、実家に戻るのではなくて?」
「いえ、騎士隊の紹介状をもらっていたのです。どうしようか迷っていたけれど、アンが王都にいるなら、入隊しようかなと」
「なぜ? わたくしは関係ありませんわ」
「そ、それは……」
リュシアンとロイクールの間に、コンスタンタンが割って入る。
「王の菜園は、関係者以外立ち入り禁止だ。第二王子の近衛騎士であろうと、用もなく立ち入ることは許されていない」
「勝手に会話に入らないでいただけます? 畑の騎士のくせに」
「そうだ。私は、畑の騎士だ。畑を守るために、部外者は排除しなければならない。それから、アン嬢にも今後近づかないでくれ」
「な、なぜそのようなことを言うのです?」
「私はアン嬢の婚約者だ。これ以上の権限が、他にあるだろうか?」
「ぐっ!」
コンスタンタンはロイクールの腕を掴み、ぐいぐいと引っ張る。
「お前、何するのですか!」
「ここから出て行ってもらう」
「はあ!? この私は、第二王子の騎士様ですよ?」
「何度も同じ話を繰り返すな。それに、尊敬されるべき立場なのは第二王子であって、貴殿ではない」
「!?」
ロイクールはあっさりと、コンスタンタンにズルズルと引かれて行く。
抵抗していたが、可愛らしいものだった。騎士としての体作りはまったくなっていない。
騎士隊でよくある、貴族の縁故入隊なのだろう。
よく、第二王子が許可を出したものだ。
だが、冷静になって考えてみると、納得してしまう。たびたび女性関係で問題を起こしている第二王子は、問題児としても有名だ。
古い言葉で、『類は友を呼ぶ』とも言う。そういうことなのだろう。
ロイクールを追い返し、入場許可がない限り入れないよう部下に命じて行く。
これで、彼は王の菜園に出入りできなくなった。
速足でリュシアンのもとへと戻る。
「アランブール卿!」
駆けてきたリュシアンは、コンスタンタンの両手をぎゅっと握った。
「ごめんなさい」
「いいや、気にするな」
「でも、ロイクールが王都で騎士をすることになったと言っていましたが……」
「王の菜園へは、許可なく入れないようにした。今日みたいなことは、二度と起こらない」
「しかし……その……」
「どうした?」
「彼が王都にいるとしたら、夜会にも参加するでしょう」
「だろうな」
「わたくし達は、もしかしたら、公の場でも婚約者の振りをしなくてはならなくなるのでは?」
「それは──そうだな」
思いつかなかった。しかし、リュシアンがロイクールに迫られて困っている以上見ない振りはできない。
「可能な限り、彼から守るとしよう」
「しかし、アランブール卿は結婚相手を探さなくてはならないのでしょう?」
「それはそうだが、別に花嫁探しは今年でなくてもいい」
今年は近衛騎士から畑の騎士になったこともあり、女性からは白い目で見られがちだ。
どうせ、花嫁など見つかりはしないと、コンスタンタンは考えていた。




