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堅物騎士は、溜息をつく

 リュシアンは一言も、婚約者がいるとは言っていなかった。

 いったいどういうつもりなのか。

 礼儀知らずな訪問と相まって、コンスタンタンは思わず顔を顰めてしまう。


「いつ、アン嬢と結婚の約束をした?」

「慣れ慣れしくアンと呼ばないでいただけますか」

「質問に、答えてくれないか?」


 大人げないとわかっていても、ロイクールに威圧感を与えてしまう。

 彼はまったく、なっていなかった。

 ロイクールは一気に立ち上がり、コンスタンタンを指差して叫んだ。


「なぜ貴殿に、アンとの結婚の約束について言わなきゃいけないのですか?」

「私は、アン嬢がここで平和に過ごすために、フォートリエ子爵より役目を預かっている。誰か分からない相手に、会わすわけにはいかない」


 ロイクールは眉をひそめ、不快感をあらわにする。


「そもそも、アランブール伯爵は、五十代の男性だと聞いていましたが?」

「父は病気で、息子である私が代わりに務めているだけだ」

「こんな男の所にいたなんて……!」

「とりあえず、座れ。冷静になるんだ」

「見ての通り、冷静です」

「額に青筋を立てている状態で言われても、説得力がまるでないが?」


 ジロリと睨みつけながら、もう一度座るように言った。

 騎士の経験から、こういう相手は同じように高圧的な態度で出ないと大人しくならないのだ。

 紳士的ではないとわかりつつも、そうせざるをえない。


「アン嬢に会いたいのだろう? ならば、証拠を話してくれ」

「わ、わかりました。アンとは……その……十二年前の収穫祭で、ダンスを申し込んで、受けてもらったのです」

「……?」


 いったいどういうことなのか。コンスタンタンは頭上に疑問符はてなを浮かべる。

 ダンスの申し込みと、結婚を結び付けてみる。


「もしや、収穫祭でダンスを申し込むことが、求婚に繋がるのか?」

「そうです」


 コンスタンタンは額を押さえ、深い溜息をつく。十二年前といったら、六歳だ。その時の求婚を、覚えているはずがない。


「おそらく、だが。アン嬢は、その求婚を、忘れているだろう」

「な、なんでですか!? そんな嘘を言って、会わせないつもりでは?」

「いや、違う。彼女は、王都に結婚相手を探しにきたのだ」


 ということは、つまり、ロイクールとの結婚の約束は完全に失念している。

 ロイクールは顔を青くさせながら、小さな声で「そんなはずはない」とブツブツ呟いていた。


「彼女は、変り者なんだ。畑にばかり行って、貴族の行事の参加は嫌がる。ぜんぜんおしとやかじゃなくって、全力で走ると誰よりも速い……」


 たしかに初対面の日に見たウサギを追って走る姿は、貴族女性とは思えない俊足だった。


「変り者であるアンと結婚できる男なんて、いるはずがないんです。だから今日、会って話をします」

「それは、許可できない」

「なぜです?」

「それは──」


 ここで、バン! と勢いよく客間が開かれる。振り返ると、扉を開いたのはリュシアンだった。


「アン──!」

「ロイクール、何をしに来ましたの!?」

「何って、あなたに会いに来たのですが」

「なぜですの!?」


 リュシアンは今まで見たこともないような剣幕で、ロイクールに詰め寄っている。


「それは……まあ……あなたと、結婚してやろうと思いまして」

「お断りですわ!!」


 考える時間など一秒もないほどの、きっぱりとした即答だった。ロイクールは何を言われたのか、わからないような表情でいる。


「え、アン、今、なんと言いましたか?」

「あなたとは、結婚できないと言いましたの」

「ど、どうしてです? あなたと結婚してやれる男なんて、いないはずだ」


 ここで、リュシアンが思いがけない言動に出る。


「わたくし、結婚の約束をしている御方がいらっしゃいますの!」

「は!?」


 コンスタンタンも同じように「え?」と言いそうになった。

 リュシアンは婚約者はいないと言っていた。

 よくよく見ると、リュシアンの目は泳いでいる。おそらく、この場限りの嘘なのだろう。


「いったい、誰なのですか?」

「そ、それは……あ、あなたに、ご報告する筋合いはありません」


 確実に、嘘だと思った。どうやってこの場を乗り切るつもりなのか。コンスタンタンはリュシアンを見守る。


「数日前、フォートリエ子爵と会った時は、結婚相手はいないと言っていましたが」

「急に、決まりましたの。今、お父様にはお手紙を書いているところですわ」

「は? 正気ですか? 父親の許しを得ずに、あなたへの結婚を申し込んだと?」

「……」

「そんな礼儀知らずの男を、選んだのですか!?」


 ロイクールの物言いは失礼だが、あながち間違っていない。貴族の娘との結婚を望む場合、本人に直接申し込むことはせず、娘の父親に許しを得るのだ。

 本人に結婚の話がくるのは、最後である。


「アン、絶対に騙されていますよ。その男は、結婚詐欺師です。あなたが田舎の娘だと思って、結婚を申し込んできたのです」

「違います……だから、帰ってください」 


 リュシアンは涙目となる。よほど、ロイクールと結婚するのが嫌だったのだろう。

 コンスタンタンは溜息を一つ落とし、一歩前に踏み出す。そして、腹を括って発言した。


「アン嬢の婚約者は、私だ」


 ロイクールとリュシアンの目が、同時に零れそうなほど見開かれる。


「嘘、でしょう? アンなんかと、結婚するわけ……」

「本当だ。フォートリエ子爵の許しが出るまで、黙っているつもりだったが」


 リュシアンとロイクールを取り巻くおおよその事情を察したので、コンスタンタンはロイクールの求婚を断るために芝居を打ったのだ。

 リュシアンには今日まで世話になった。今が、恩を返す時だろう。

 コンスタンタンはまっすぐにロイクールを見て、結婚宣言する。


「私は、彼女と結婚するつもりだ。誰にも文句は言わせない」


 アランブール伯爵家は大きな資産こそないものの、歴史は長い。そんじょそこらの貴族に家柄で負けるわけがなかった。


「う、嘘だ……ア、アンが、どこの馬の骨かもわからない相手と、結婚するなんて」


 コンスタンタンがジロリと睨むと、ロイクールは青い表情で後退る。


「でも、なんで、アンなんかと結婚することを望んだのですか?」


 はあと、コンスタンタンは本日何回目かもわからない溜息をつく。


「私はアン嬢、結婚したかった。アン嬢なんか・・・、と評するお前とは違う」

「なっ!」


 ロイクールはがっくりと、脱力したように落ち込んでいた。これ以上、話すことはない。

 コンスタンタンはリュシアンの肩を抱き、客間から出ることにした。

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