堅物騎士は、ライバルと対峙する?
監査問題がひとまず落ち着いたかと思えば──今度は宮廷の夜会の開催が近づく。
憂鬱なのは、コンスタンタンだけではなかったようだ。
リュシアンは焚火に木の枝を入れながら、憂鬱な様子で語っている。
二人は王の菜園の片隅で、焚火を囲んでいた。
一緒に休憩しないかと、誘われたのだ。
リュシアンの実家の農家はこうやって、秋から冬になると焚火を作って休憩するらしい。
今日も鍋を持ち込んで、何かを煮込んでいるようだ。
リュシアンは丸太の椅子に腰かけ、空ろな目で焚火を見つめている。
「わたくし、煌びやかな夜会で踊るよりも、野菜畑で踊るほうが好きですわ」
「もしや、この前の踊りは、農家に伝わるものなのか?」
「この前の、踊り、ですか?」
「ああ。監査官が来た日、踊っていたではないか」
リュシアンは思いだしたのか、白い頬を赤く染めた。
「ああ、あれは──はい、農家の収穫祭の踊り、ですわ」
リュシアンの実家の農地では、秋に収穫祭を行う。ちょうど、今の時季のようだ。
「ここに来て、よかったのか?」
「ええ。お祭よりも、ここでのお役目のほうが重要ですわ」
収穫祭ではどんなことをするのか。コンスタンタンは質問する。
「食べ物を売る屋台がたくさん並んで、野菜も安く売っていますの。夜は楽団の演奏で踊って、とっても楽しいお祭りですの」
「そうか」
収穫祭について話すリュシアンはとても活き活きしていいた。
開催中に実家に帰してやりたいが、もうすぐ宮廷夜会が行われる。行き来していたら、参加できなくなるのだ。
「このソーセージも、収穫祭で人気の品でして」
鍋の蓋が開かれる。中にあったのは、ソーセージだ。ぐつぐつと沸騰している湯の中で、踊るように茹でられている。
「わたくしが収穫祭に行きたかったと弟に手紙を書いたら、取り寄せてくださったみたいで」
「このソーセージは、普通のものよりも大きいな」
「ええ、そうなのですよ」
一年飼育していた豚を使い、領地に伝わる特別な製法で作られるソーセージらしい。
だいたい、収穫祭で消費してしまうので、外に出回ることはないようだ。
リュシアンは湯からソーセージを取り出し、白い皿の上に置いた。
家から持ってきていたマスタードを添え、ナイフ、フォークと共にコンスタンタンに差し出す。
「戴いても、いいのか?」
「ええ、もちろん」
外なので、テーブルなどない。リュシアンは膝に載せ、ソーセージにナイフを入れていた。
ソーセージから、パキッという音がなる。それと同時に、肉汁が溢れてきた。滴るというレベルではない。ソースのように、ソーセージの周囲に肉汁が溜まっていく。
「すごい肉汁だな」
「ええ、まるで、スープを飲んでいるかのように、口の中で肉汁が溢れますの」
リュシアンは一口大に切り分け、嬉しそうに頬張った。頬に手を当て、至福の表情を浮かべている。
感想を聞かずとも、おいしいということは十分伝わった。
コンスタンタンも食べてみる。
ナイフを入れると、先ほどと同様に肉汁が出てきた。すべて零れてしまう前に、食べてしまう。
噛んだ瞬間、ブリンという柔らかさの中にある強い歯ごたえを感じた。それから、ナイフを入れた時以上の肉汁が溢れてくる。
リュシアンが言った、スープを食べているようと言った意味を理解した。
粗くカットされた豚ひき肉と、数種類の香草が入っているのだろう。味わい豊かなソーセージは絶品だった。
コンスタンタンとリュシアンは、黙ってソーセージを食べる。
食べることに忙しくて喋っている暇など、なかったのだ。
「このソーセージはすごいな。一年に一度しか食べられないのはもったいない」
「わたくし、作れますわ」
「そう、なのか?」
「ええ。ソーセージ作りにも、参加していましたの。今度、王都にある材料で作れないか、試してみますね」
もしも、喫茶店で出すことができたら、人気商品になりそうだ。
そんなことを話していたら、休憩時間はあっという間に終わってしまった。
◇◇◇
その日の晩──思いがけない訪問者が訪れた。
丸い眼鏡に立派なチェスターフィールドコートを纏った、若い貴族の男性らしい。
名は、ロイクール・ド・ランドール。
黒髪に猫のように吊り上がった琥珀色の目を持つ、華やかな容貌をしているようだ。年の頃は二十歳前後だろうと執事が報告してくる。
なんでも慌てた様子で、リュシアンに会わせてくれと訴えているらしい。
コンスタンタンは話を聞きながら、眉間に浮かんだ皺を解す。
名前を聞いたら、フォートリエ子爵領の近くを領する貴族だった。
この時季に女性に面会を求めてくる男性の用事は、たいてい求婚と決まっている。
リュシアンに会わせる前に、まずはコンスタンタンが会うことにした。
客間に通すよう命じ、まずは身支度を整える。
先触れもなく、夜に訪問するとはよほど切羽詰まっているのか。
客間に行く間、何度も溜息を零してしまった。
客間の中へ入ると、中にいた青年が立ち上がる。
執事の報告通り、ずいぶんな男前だった。
「アン──あ!」
コンスタンタンの顔を見て、がっくりと項垂れる。リュシアンが来ると期待していたようだ。
「はじめまして、だったか?」
「そう、ですが」
相手は年下のようだ。おそらく、リュシアンと同じ十八歳くらいだろう。
「コンスタンタン・ド・アランブールだ」
「ロイクール・ド・ランドール、です」
握手は交わさない。そのまま長椅子に座り、本題へと移る。
「して、何用でここに?」
「アンに会いにきました。貴殿に用はありません」
慇懃無礼な物言いには慣れている。かつての部下も、このような言葉遣いだった。
きっと彼は、守るべき立場や果たすべき役割がないから、このように見ず知らずの者に無礼なことが言えるのだろう。
「アン嬢に、何用だ?」
「結婚の約束をしていたんですよ。今すぐ、アンに会わせてください!」




