堅物騎士は、監査結果を待つ
リュシアンはジャガイモの一つを手に取り、涙を潤ませた。
「このジャガイモは、廃棄されるものなのです」
「は? なぜだ? 腐ってなどいないし、売れるほど綺麗な状態ではないか。なぜ、そのような雑な扱いをする?」
「王の菜園の古い決まりで、ここの野菜は国王以外口にしてはいけないのです」
「そ、それは、そのような決まりがあったな。しかし、すべて処分していたとは」
王の菜園の野菜を食べてはいけないことと、処分が結びついていなかったようだ。
そういうことかと、コンスタンタンはリュシアンが主張したかったことに気づく。
野菜を捨てるという行為は、王の野菜を雑に扱っている。だから、有効活用したいと訴えようとしているのだろう。
「毎日、毎日、たくさんの野菜が土の中に埋められます。わたくし達は、心を痛めながら、野菜を土に還しているのです。命じられていることとはいえ、神々に与えられし食物を無駄にする行為だと、思いませんか?」
「たしかに、そうだな」
「王の菜園には、毎日たくさんの旅人が訪れます」
「なぜ、旅人がやってくる?」
「村だと間違って、一休みをするためにやってくるようです」
「ふむ。たしかに、港街から王都までは遠い。この辺りに、休憩する施設があれば、旅人は休むことができるだろう」
「そうなんです!」
リュシアンは涙を拭い、ある計画を話した。
「そこで、この王の菜園の野菜で軽食を作り、提供する喫茶店などを作ってはいかがかなと、わたくしは考えるのです」
「しかし、それでは国王専用の野菜でなくなるではないか」
「そうですけれど、粗末に扱うより、ずっといいと思いませんか?」
「ううむ」
ジャンはリュシアンの意見に押されつつある。彼女の言うことは、どれも正論だった。
「わたくしの田舎のほうでは、『神人共食』という言葉がありまして、神に捧げた食材を人が味わうことによって縁を深め、守護の力を強める習慣がありますの。それと同じで、王の菜園の野菜を食べることにより、国王陛下をより身近に感じ、これまで以上に敬う気持ちも高まるのではないかと思っております」
「神人共食……か。たしかに、市民にとって国王陛下は遠い存在だ。しかし、ここの野菜を食べたら、身近に感じるかもしれん」
「ええ! きっとそうだと信じております」
市民派であるジャンにとって、先ほどの話は心に響くものだったようだ。
これより先は、リュシアンと共に王の菜園を案内する。
最後は屋外に用意したテーブルと椅子で休んでもらった。
ちょうど昼時だったので、厨房の料理人が作ったウサギのスープとウサギのミートパイを振舞った。
「これは──うまいな!」
「王の菜園の野菜を食べて育ったウサギですわ」
ウサギは国王の夜会にも提供し、たいそうな評判だったと話す。
王の菜園の野菜が利用できるようになったら、ウサギの畜産も視野に入れていることも話した。
「旅人へ向けた喫茶店に、ウサギの畜産か。それで、得た金はどうする?」
処分している野菜は多い。かなりの利益が見込めるだろうと指摘された。
コンスタンタンはリュシアンやグレゴワールと話し合ったことを話す。
「利益はまず、従業員の働きに応じて分配し、残りは国王陛下の名において、孤児院や就職困難者の支援に使おうと思っている」
「そうか」
ジャンは腕を組み、しばし何か考える仕草を取る。コンスタンタンはリュシアンと共に、緊張の面持ちで言葉を待つ。
目を開き、判定を下した。
「そこまで考えているのであれば、文句のつけようはない。この件は私が責任を持って、勧めさせていただく」
つまり、監査は合格、というわけだ。
だが、最後まで気を抜いてはいけない。コンスタンタンはジャンを丁寧に見送った。
馬車が見えなくなるまで、リュシアンと二人で見つめていた。馬車が点となりしだいに姿が消えたあと、リュシアンは跳び上がって喜ぶ。
「アランブール卿、やりましたわ!」
「ああ、アン嬢のおかげだ」
「いいえ、わたくしは何も。みなさんの努力のおかげでしょう!」
リュシアンはコンスタンタンの手を取り、一人で踊り出す。軽快なステップを踏み、弾けんばかりの笑顔を浮かべていた。
こういう時、一緒に踊ったほうがいいのか。
コンスタンタンの知らない踊りだったので、ついていきようがない。棒立ちのままただただ、されるがままでいた。
「ご、ごめんなさい! わたくしったら。嬉しくって、つい」
「いいや、気にするな」
笑顔で踊るリュシアンは可憐だった──なんて言えるわけもなく。
リュシアンはパッと離れ、深々と頭を下げた。
「無事に、監査を乗り越えることができて、よかった」
「ええ。あとは、陛下のご判断を待つばかりですわ」
監査に合格したからといって、事が上手く運ぶわけではない。国王が反対したら、話はすべて白紙状態となる。
リュシアンの言う通り、今は待つしかないのだ。
◇◇◇
コンスタンタンの父、グレゴワールの腰はあまりよくならない。
一日中、家のあちらこちらを歩き回っているので、腰が治る暇がないのだろう。
医者は大人しくするようにと言っていた。かつてのグレゴワールは騎士であり、一日中王の菜園を歩き回るという毎日を過ごしていた。そんな彼にとって、じっとしておくことは難しいことなのだろう。
そんな状況だったが、リュシアンがやって来てから変わった。
「アランブール伯爵、この、里芋の湿布は炎症と神経痛に効きますの」
「いや、私は医者から貰った湿布があるから」
「でも、もう一週間も貼っていないと聞きましたわ。効果が実感できていないからではなくって?」
「う、まあ、そうだが」
「でしたら、試してみましょう」
「しかし、里芋を擂って作る湿布など、聞いたことがないのだが」
「大農園で腰を傷めた者は、みんな作っていますのよ」
里芋の湿布とは、どんなものなのか。興味があったので、コンスタンタンも治療の様子を見学することにした。
「しかし、里芋の皮剥きは手が痒くなると、農業従事者から聞いたことがあって──」
「患部にごま油を塗ったら、痒くなりませんわ」
「油を塗るのかい?」
「ええ」
「なんだか、料理をされる気分だ」
中年親父を食べてもおいしくないだろう。そんなことを考えつつ、コンスタンタンは治療を見守る。
まず、里芋の皮を剥き、丁寧に擂る。それに、小麦粉を加え、練っていった。
塩とショウガを加え、さらに擂る。とても、薬品を作っているようには見えなかった。
完成した里芋湿布はガーゼに包まれ、油を塗ったあとグレゴワールの腰に貼った。
「つ、冷たい!」
「しばしの我慢ですわ」
「意外と痒くはないが……妙な気分だ。あ、なんか、痒いぞ! か、痒い!」
痒みを感じたので、リュシアンは里芋湿布を剥いだ。
あとの世話は従僕に任せ、リュシアンとコンスタンタンはグレゴワールの私室から出て行く。
「アン嬢、あれは、本当に効果があるのか?」
あんなもので治ったら、医者は必要なくなる。里芋湿布の効果が嘘であると疑っているわけではないが、質問してしまった。
「あれは──そうですわね。気休めといいますか」
里芋湿布は民間療法で、科学的な効果は証明されていない。
「病は気からといいますから、治療をしたという満足感は得られるのかと」
「そ、そうか」
もしかしたら、治療に関する考えも変わったかもしれない。それにリュシアンは期待しているようだ。
「腰痛を治すには、湿布を貼ってゆっくり休むことが一番ですわ」
「ああ、その通りだ」
里芋湿布はリュシアンの作戦だったようだ。
翌日から、グレゴワールは部屋で療養を始めたらしい、医者の湿布も真面目に貼っているようだ。
今回も、リュシアンの作戦は大成功だった。




