堅物騎士は、王の菜園の監査を受ける
ついに、監査の日がやってきた。
コンスタンタンは朝からソワソワしている。
今日一日で、王の菜園がどうなるのか決まるからだ。
「コンスタンタン、そんなに紅茶は混ぜなくてもいいだろう」
「!」
父グレゴワールに指摘され、コンスタンタンはハッとなる。
監査を前に、上の空になっていたようだ。
「今日までいろいろ準備をしてきただろうから、緊張するのはわかる。しかし、それもお前だけではないようだな」
ちらりと、リュシアンのほうを見てみる。彼女もまた、上の空だった。
パンを片手に持ち、バターナイフをもう片方に持ったまま、ぼんやりしている。
きっと、本日の監査について考えているに違いない。
監査にやってくるのは、中央政治機関のジャン・ド・ノワルジェ。
貴族であるが、思考は市民よりという噂だ。もしも、王の菜園が税金の無駄使いであると判断されたら、廃止に追い込まれてしまうだろう。
しっかり食事をとり、冷静に対処をしなければならない。何があっても。
王の菜園をありとあらゆる者から守るのは、畑の騎士の使命だから。
朝礼に並ぶ騎士達の表情は、少し前とは大きく変わっていた。
服装の乱れはなく、顔つきも精悍になっている。
立場が人を作るという話は、本当だったようだ。
「今日は、王の菜園の監査がある。皆、いつもと同じく気を引き締めておくように」
「御意!」
一方、農業従事者は酷く緊張している。
もしも、王の菜園が廃止になった場合騎士達は他の部隊へ異動となるが、彼らは無職となってしまうのだ。
「何も、心配はいらない。いつものように、仕事をしていればいい」
今は、そう言うことしかできなかった。
監査まで三時間ほどある。その間、コンスタンタンは畑を見て回る。
途中でリュシアンを発見した。彼女は雑草取りをしていた。
「アン嬢、何を、している?」
「除草作業です。無心になれますので」
「そう、なのか?」
「ええ。ソワソワ落ち着かない時は、これが一番ですわ」
本当だろうか。
コンスタンタンもしゃがみ込み、地面に生えていた草を抜いてみる。
プチリと、いとも簡単に抜けた。
「あら、アランブール卿、それは薬草ですわ」
「すまない。植えていたものだったか?」
「いいえ。自生しているものですわ。それは、乾燥させて肉料理の臭み消しに使う薬草なのですよ」
「そうか」
「薬草はこちらに入れていただけますか?」
「ああ」
その後、コンスタンタンはリュシアンに薬草を数種類教えてもらう。
「こちらはレモンバーム。ミツバチが大好きな薬草で、畑に植えておくと率先してやってきてくれますの」
葉は鎮静効果があり、香りがいいことから乾燥させて入浴剤としても利用する。
「これは、セージです。古い言葉で『救う』という意味があり、薬用として使われていたそうです。肌にもいいようで、化粧品作りにも使われているそうです」
「なるほど」
一見雑草にしか見えなくても、使い道があるようだ。
コンスタンタンは真面目に薬草摘みを行う。
監査前であったが、無心で作業することができた。
そして──ついに監査が始まる。
コンスタンタンは監査官である、ジャン・ド・ノワルジェを部下と共に王の菜園の門で出迎えた。
ジャンは四十代後半くらいで、常に値踏みしているような細い目にくるりと巻いた口髭を持つ油断ならない人物に見える。
コンスタンタンは、なるべく穏やかな表情を作るように努めながら話しかけた。
「よく、いらっしゃいました」
握手をしようと手を差し出したが、あっさり無視された。
ジャンの貴族嫌いは社交界では有名だ。彼は煌びやかな夜会よりも、下町の酒場で賑やかに過ごすことを好むらしい。
畑に入る前に、靴の消毒を頼む。
「まるで、ばい菌扱いだな」
「ここで働く者全員が、朝昼晩としていることです」
説明すると、舌打ちを返された。これも、想定のうちである。
ジャンとすれ違う騎士達は、一度立ち止まり、敬意を示すように会釈する。
その点は、悪く思わなかったようだ。来た時から歪んでいた口元が、僅かに弧を描く。
コンスタンタンは胸に手を当て、息をはく。短期間で、よくもこれだけ品行方正なふるまいができるようになったものだ。
リュシアンの考えた一人一人役職を与えるという作戦は、絶大な効果があった。
「しかし、ここは虫が多いな。鬱陶しい」
ジャンの周囲を飛び回るのは、ミツバチだ。害虫ではない。咄嗟に、リュシアンから教わったことを口にした。
「閣下、それは益虫です」
「エキチュウ、とはなんだ?」
「野菜に利益を与える虫をそう呼びます。ミツバチは花粉を運び、受粉の手助けをしてくれるのです」
「なるほど、な」
リュシアンのおかげで、虫が多い問題も咎められずに済んだ。
しかし、想定外の問題が起きる。
新人の農業従事者が、野菜の入った木箱を落とし中身を打ちまけてしまったのだ。
コロコロと、ジャガイモが転がっていった。
「国王陛下に献上する野菜なのに、扱いが雑だな。教育はどうなっている?」
「それは──」
新人だからというのは、言い訳にしかならないだろう。
なんと言って難を逃れようか。そう思っていた矢先、突然リュシアンがジャガイモを拾うために飛び出してきた。
目にも留まらぬ速さで拾い集め、箱の中へと戻していった。
「彼女は、貴殿の妻か?」
「い、いえ。アン嬢──彼女はリュシアン・ド・フォートリエといい」
「ああ、地方の大農園の娘か」
「はい。農業指導をするため、ここに滞在しております」
ジャンはリュシアンを値踏みするように見ていた。
何か言うのではと、ハラハラする。
立ち上がったリュシアンは、ジャンに満面の笑みを浮かべて話しかけた。
「監査官様、お会いできて、光栄ですわ!」
リュシアンはエプロンドレスの裾を摘まみ、淑女の礼をした。堂々たる態度に、ジャンが僅かにたじろいでいるのを横目で確認した。
しかし、そうなったのも一瞬だった。
「おい、指導が、なっていないのではないか? 国王陛下のジャガイモを地面に落とすなんて、ありえないことだろう」
矛先が、リュシアンに向いてしまった。コンスタンタンは一歩前に出て、間に割って入ろうとした。しかし、リュシアンの笑顔を見てハッとなる。
何か、策がありそうだ。
「本当に、ありえないことですわ」
「皆、このように、国王陛下の野菜を毎日雑に扱っているのではないか?」
その問いかけに、リュシアンは思いがけない言葉を返した。
「実は……そうなのです」
その返事は、ジャンも想定外だったのだろう。目を丸くし、言葉を失っているようだった。
無理もない。リュシアンは国王の野菜を常日頃から雑に扱っていると言ったのだから。
なぜ、このような返しをしたのか。
きっと理由があるのだろう。コンスタンタンは見守ることにした。




