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堅物騎士(※20歳)の、反抗期

 コンスタンタンの母は、幼いころから病弱だった。

 子ども時代のほとんどは病床で過ごし、窓の外にある木にやってくる小鳥が友達だったらしい。

 成長するにつれて普通に生活できるようになったが、寝込む日も多々あった。

 薄幸の美女として社交界で名を馳せていたものの、カトリーヌの父は子を生せないだろうと考えていたらしい。

 引く手数多だったが、ほとんど断っていた。

 母とコンスタンタンの父グレゴワールは、貴族では珍しく恋愛結婚だった。

 最初は反対されていたものの、グレゴワールは子どもができなくてもいいと言ったので結婚は認められた。


 奇跡的に、夫婦は子どもに恵まれる。

 健康な男児、コンスタンタンが誕生したのだ。


 物事ついたころから、コンスタンタンの母は顔色が悪かった。

 何を食べても太らず、白を通り越して青い肌からは血管が透けて見えていた。

 少し畑に出ただけで倒れ、医者がやってくるというのは日常茶飯事。

 母が倒れるたびに、グレゴワールは気が気でなかったようだ。


 そんな母は、コンスタンタンが士官学校を卒業する前に亡くなってしまった。

 自分が畑の騎士を継げば、両親はもっと一緒にいられる。そんなことを考えていた矢先での死である。

 落ち込むグレゴワールに、かける言葉は思いつかなかった。

 だから、コンスタンタンは逃げるように近衛騎士へ入隊した。


 王太子の近衛隊は、気のいい仲間ばかりだった。士官学校のように、ライバルを蹴落とそうとする者もいない。互いに尊敬し合い、日々切磋琢磨するような関係を築く。

 そんな中で、特に面倒を見てくれたクレールにだけは将来について語っていた。いつか、近衛騎士隊を辞めて、父が務めている畑の騎士を継ぐつもりだと。

 彼からの助言は「早く結婚相手を見つけておいたほうがいい」だった。

 近衛騎士隊員はとにかくモテる。在籍しているうちに、婚約を結んでさっさと結婚したほうがいいと言われた。


 コンスタンタンは夜会が苦手だった。

 見ず知らずの人を紹介され、ダンスをする。いつもいつでも苦痛の時間だった。

 無謀にも、クレールは社交界の花と呼ばれる女性を紹介してくれた。

 金糸のような美しい髪に、湖を思わせる澄んだ瞳を持つ令嬢だった。

 しかし、白磁のような肌に青い血管が浮かんでいるのを見て、病弱だった母を思い出す。

 令嬢は儚げで、太陽の光を浴びただけで消えてなくなりそうだった。

 話の途中だったが、耐えられなくなりその場を去る。


 どうにも、コンスタンタンは社交界でもてはやされる美女が美しく見えない呪いにかかっていたようだ。


 それから四年経った今も、同じ呪いにかかっている。

 どこを見ても真っ白な肌に、儚げな雰囲気を持つ令嬢ばかりだ。

 ひと目で健康そうな女性はいない。

 ここで、クレールから教えてもらう。今年は、肌に青い血管を描くことが流行っていると。

 社交界では、消えてなくなりそうな儚げな女性がモテるらしい。

 コンスタンタンはゾッとして、速足で舞踏室をあとにした。


 ◇◇◇


 馬車で二時間半かかる道のりも、愛馬を飛ばしたら一時間半で到着する。

 アランブール伯爵家のタウンハウスは、王都から離れた郊外にあるのだ。

 ここに森を開墾し、畑を作った。

 三世紀前に国王から贈られた邸宅は、湖を背に建てられている。王族の城と見紛うほど立派だと評判だ。

 コンスタンタンからしたら、重厚感のある石造りの邸宅は夜に見ると少しだけ不気味に思える。朝は霧が深くなり、お化け屋敷のようだった。

 コンスタンタンを取り巻く環境は変わったが、実家と王の菜園は変わらずにある。

 溜息を一つ落とし、馬を厩に連れて行った。

 玄関の扉はギイイ……と、不気味な音を立てて開かれる。


「若様、お帰りなさいませ」

「ああ」


 古くから仕える家令に騎士隊のマントを脱いで手渡し、まっすぐに父の私室に向かった。


「父上、ただいま帰りました」

「おお、コンスタンタンか」


 白髪交じりとなった父グレゴワールは、杖を突きながら帰ってきたコンスタンタンの背を叩き労う。


 長椅子を勧められ、軽く腰かけた。


「夜会はどうだった」

「いつも通りです」

「いい娘はいなかったのか?」

「ええ、まあ……」


 コンスタンタンのいつも通りの報告に、グレゴワールは肩を落とした。


「実は、お前に見合い話がいくつかあってな」


 グレゴワールが手を上げて合図を出すと、家令が見合いの釣書をテーブルに並べる。

 そこには、肖像画が添えられていた。

 流行の血管が透ける模様が描き込まれた女性の絵を見て、コンスタンタンは顔を顰める。


「どれも、良家の令嬢だ。歴史ある『王の菜園』の騎士の家に、ぜひとも嫁入りしたいと言っている」

「王の菜園の騎士……」


 そう言えば聞こえはいい。しかし、実際は『畑の騎士・・・・』と呼ばれ、嘲笑されているのだ。


「もう、結婚適齢期だろう。近衛部隊に所属していた時は忙しかっただろうが、今はゆったりできるだろう。結婚について考えても──」


 コンスタンタンは父親の言葉を遮るように、テーブルをバン! と叩いて立ち上がった。


「ど、どうしたというのだ?」

「父上、結婚相手は、私が自分で決めます」

「しかし、お前はそういうのは、得意じゃないだろう?」

「父上も、ご自分でお決めになったのでしょう? 同じように、花嫁は自分で探しますので」


 グレゴワールは瞠目する。今まで、コンスタンタンがこのように意見することなどなかったからだ。

 従順だった息子の初めての反抗に、言葉を失う。


 コンスタンタン・ド・アランブール。

 遅すぎる二十歳の反抗期であった。


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