お嬢様は巨大ウサギ問題に直面する
努力の甲斐あって、害獣被害は激減した。
捕まえたウサギは、精肉店が高値で買い取ってくれる。
なんでも、国王の晩餐会でウサギを使った料理が絶品だったと評判だったらしい。
一日目のようにたくさん捕まることもなかったことから、肉の価値も上がり買取価格が高まっている。
一日に十羽前後捕獲されており、警戒するウサギも増えているようだ。
ただ、野菜を齧っては放置する被害は依然として続いていた。
リュシアンは農業従事者から驚くべき話を聞く。
「この前、ムチムチと太った大きなウサギを見かけたんですよお。きっとあいつ、賢くて、食いしん坊なヤツなんでしょうねえ」
リュシアンの狩猟犬よりも大きな個体のようだ。罠に入らないほど、肉付きがよくなっているらしい。しかも、一羽だけでなく、何羽か確認されているようだ。
「耳が曲がったヤツに、目にブチがあるヤツ、それから、目つきが鋭いヤツに、獰猛なヤツ、ですかね」
「まあ、そんなにいますのね」
巨大ウサギの存在に、リュシアンは驚きを隠せなかった。
「罠に引っかからないのであれば、直接仕留めませんと」
「どうやって、とっ捕まえて、仕留めるのですか?」
「捕まえるのは狩猟犬か鷹で、仕留めるのは散弾銃ですわ」
「アランブールの旦那に頼むんですかい?」
「いいえ、わたくしが」
「ははは、そりゃ勇ましい」
冗談だと思っているようで、笑って流されてしまった。
リュシアンはこれ以上話をせず、礼を言って別れる。
夜、コンスタンタンにウサギ猟の許可を取りに行った。
「ウサギを直接仕留める、だと?」
「ええ。昼間は人が多く警戒しているので、朝方がいいかと」
使用する猟銃と、銃弾はテーブルの上に置いている。
コンスタンタンは銃を手に取り、銃身を眺めながらぼそりと呟いた。
「これは、ずいぶんと、古めか……いや、クラシカルなものを持っているな」
「お祖父様から、譲っていただきましたの。お父様は、わたくしが銃を握るのは反対でしたから」
祖父も父親同様、リュシアンが銃を持つことに賛成はしていない。しかし、リュシアンがどうしてもと頼み込んで、やっと譲ってくれたのだ。
「領地では、害獣退治を何度か行っておりました」
「アン嬢の畑を荒らす害獣を、か?」
「ええ」
大農園の畑を荒らされるのは許せなかったが、それ以上に子ども達が一生懸命作った畑を荒らされることはもっと許せなかった。
リュシアンは足跡から獣の種類を調べ、確実に仕留めてきた。
「去年はウサギが二十羽、キツネが十匹、アナグマが八匹に、シカが五頭。他に、イタチ、ミンク、ヤマドリ、キジと退治してきました」
「それは、すごい」
ここで、コンスタンタンが渋い顔をしているのに気づいた。あれは、リュシアンがやりたいことを父親に語った時によく見る表情である。
女性は、自ら進んで何かをしてはいけない。家の中で大人しくしておくべきだ。
それが、リュシアンの父の理想であり、貴族女性の模範的な在り方でもあった。
コンスタンタンもそう思っているのか。そうだとしても、仕方がない話だ。
リュシアンは自分が型破りであることを、よくわかっていた。
「あの、無理でしたら、別に──」
「わかった。許可しよう」
「え?」
「その代わり、私も同行する」
「本当に、よろしいのですか?」
「ああ。だが、銃の一発目を撃つのは私だ。アン嬢は二発目を頼む」
「は……はい!」
リュシアンがやりたいことを、一緒にしてくれる男性は初めてだった。
感謝の気持ちを、なんと言葉に表していいのかわからない。
「明後日の明け方でいいか?」
「もちろんですわ」
「では、その日は夜勤の騎士は、王の菜園の門の外を守らせるようにしよう」
「よろしくお願いいたします」
ここで、話題は別のものへと移る。
「先日、子ども達との畑作りの話を聞かせてもらったが──」
「ええ」
「それを、部下にもしてみた」
「何を、されたのです?」
「一人、一人、役職を付けることだ」
「ああ、そうでしたのね。いかがでしたか?」
「面白いくらい、効果的だった」
責任感の伴う役職は、騎士個人個人の意識を高めてくれたようだ。
今まで、服装の乱れが酷く、上下関係があってないような環境だったが、改善されたようだ。
「まさか、ここまで効果があるとは思わなかった。感謝する」
「お役に立てて、何よりですわ」
どんな役職を作ったのか。リュシアンは質問してみる。
「物置きと周辺警護の責任者に、門番隊長、警邏長に、視察長官、通信部長……まあ、いろいろだ」
役割をはっきりすることで、自分が何をすればいいのか明確になっていたようだ。
今までは日替わりで仕事を振っていたので、効率的になったらしい。
「まさか、子ども達と同じ方法で、隊内改革が行われたことなど、夢にも思っていないだろう」
監査前に、なんとか隊員達を更生させることに成功し、ホッとしているようだ。
「あとは、監査に合格したら、王の菜園は新しい一歩を踏み出せるわけですわね」
「ああ、そうだな」
監査の日は近い。
その前に、王の菜園を荒らす巨大ウサギを仕留めなければならなかった。
◇◇◇
早朝──太陽も昇らない時間にリュシアンは目を覚ます。
狩猟用のベストとズボンを纏い、寒いので釣鐘状の上着を着こんだ。
身支度を手伝うロザリーは、欠伸交じりに化粧を施してくれた。
「ロザリー、ごめんなさい」
「いいえ~。アンお嬢様、これが、私の仕事……ふわ~~っと、すみません」
今日は、巨大ウサギとの決闘の日。気合を入れて臨む。
口紅は真っ赤なものを、ロザリーが塗り始める。
「ねえ、ロザリー、この唇、派手すぎません?」
「アンお嬢様、狩猟に行く時は毎回、縁起担ぎをするためにこの口紅だったではありませんか」
「ええ、そうですけれど」
今日はコンスタンタンがいる。もしも似合っていなかったら、恥ずかしい。
リュシアンは口元を押さえ、そっと溜息をつく。
「とてもお似合いですよ。大人っぽくて、色気があります」
「おかしくありません?」
「いいえ。いつもと違う雰囲気で、素敵だと思います」
「ロザリー、ありがとう」
ロザリーの意見を聞いて、勇気が出た。今日もこのまま出かけようと決意する。
散弾銃はコンスタンタンが手入れをすると申し出たので、言葉に甘えて預けている。
リュシアンはロザリーと共に身一つで、玄関へと向かった。




