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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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堅物騎士は、お嬢様の作ったじゃがバターを食べる

「この熊手、落ち葉がたくさん集まりますの。触れた時に、ピンと直感が働いたのですが、間違っていなかったようで」


 リュシアンは嬉々としながら、熊手の使用感について語っている。


 白と黒のガチョウに焚火、それから熊手で落ち葉を集める金髪碧眼の美女──なんという平和な光景なのか。

 コンスタンタンはぼんやりと眺める。

 王太子は働き者で朝から晩まで国のため、物事が上手く運ぶようあちらこちらと駆けまわっていた。

 そんな王太子の騎士であることは、コンスタンタンの誇りだった。

 異動して一ヵ月。畑の騎士であることにもやりがいを感じていた矢先に、市民の国王に対する抗議を目の当たりにしてしまった。

 いとも簡単に、コンスタンタンの心は揺らいでしまう。


「アランブール卿は、どのジャガイモにいたします?」

「え?」


 いきなり、目の前にジャガイモが入った籠を差し出される。よく見かける茶色い皮の他に、赤、紫、橙、白と色鮮やかなジャガイモもあった。


「こちらの赤いジャガイモはホクホクしていて香り高く、紫色のジャガイモは、中も綺麗な紫色ですの。これは甘みが強く──」


 リュシアンは一つ一つ、ジャガイモの説明をしていく。どれも、実家で作った珍しい品種のジャガイモのようだ。


「全部、わたくしの畑で作りましたの」

「アン嬢が、か?」

「ええ。自信作ですわ」


 領地の子ども達が収穫し、送ってくれたらしい。


「子どもが、アン嬢の畑を手伝っているのか?」

「ええ。それには深い理由がありまして……話しても、よろしくって」

「ああ、聞かせてくれ」


 リュシアンは居住まいを正し、話し始める。


「ロザリーの小さい時の口癖が、もっとお小遣いがほしい、でしたの」


 子どもなので、小遣いは少ない。ロザリーの家はいいほうで、農家の子どものほとんどが小遣いはなく、手伝った褒美は売れない野菜などの現物支給だったのだ。

 リュシアンはジャガイモを鋳鉄ちゅうてつ製の鍋に詰め、火にかけながら話す。


「それを知ったわたくしは、お小遣いが欲しい子ども達を集めて、畑を作ることにしましたわ」

 

 ただ、子ども達を集めて野菜を作ったのではないらしい。

 リュシアンの計画は、コンスタンタンが思っていた以上に壮大だった。

 

「まず、お父様から譲っていただいた更地を畑にすることから始めました」

「畑作りからしたのか」

「ええ。大変でしたわ」


 子ども達が集まったら、仕事にならない。特に、小さな子どもはすぐに遊び始めてしまう。


「やんちゃ盛りの子どもですから、わたくしの言うことなんてまったく聞かなくって」

「……」


 コンスタンタンは思う──王の菜園の騎士達のようだと。とっくに成人した男達であるが、精神年齢は子どもと変わらない。命令を聞く耳は持っていなかった。


「それで、どうやって言うことを聞かせたのか?」

「一人一人、役職を作りましたの」

「役職?」

「ええ。たとえば、肥料大臣とか、畑の石取り長官とか」


 思わぬリュシアンの秘策に、コンスタンタンは笑ってしまった。

 しかし、それが効果絶大だった。


「みんな、役割を与えると、真面目に働くようになりましたの。きっと、大勢いたら誰かがするだろうって気持ちが、大きかったのだと思いますわ」

「なるほど……誰かがしてくれるという、甘え、か」

「ええ」


 子ども達は己の役割をまっとうするため、せっせと働いた。そして、立派な畑が完成したのだ。


「そこから種まきをして、雑草取りをして、追肥をして──おいしい野菜が収穫できる時もあれば、失敗する時もありました」


 完成した野菜は、子ども達が商店を開いて売る。そこで子ども達は計算を学び、営業や経営を学び、野菜を売ることの難しさも知った。


「子どもの親から、感謝されただろう」

「ええ。今、わたくしが作った畑は弟が管理していますの。規模を拡大して、未来の優秀な農家を育てる場として、活用しているようですわ」


 リュシアンの話した子どもの使い方は、王の菜園の騎士にも有効かもしれない。

 もしかしたら、働き方がわからない者ばかりの可能性もあった。

 試してみる価値はある。


 そんな話をしているうちに、ジャガイモが焼けたようだ。

 リュシアンが鍋掴みで蓋を開くと、ガチョウのガーとチョーまでも鍋を覗き込んだ。


「あなた達、あまり近づくと、丸焼きになってしまいますわ」


 そう注意すると、慌てて後退する。まるで、人の言葉がわかるようだ。

 リュシアンは完成した焼きジャガイモにナイフで十字の切込みを入れ、バターを落とし仕上げにディルを振りかける。


「はい、どうぞ」

「ありがとう」


 受け取ったのは、紫色の皮のジャガイモだ。中身は明るい黄色で、普通のジャガイモよりも色味が濃い。

 焼きたてなので、ふんわりと湯気が漂っていた。バターはジャガイモの熱で溶け、半透明になっている。匙で掬って、食べた。

 ジャガイモはねっとりしていて、甘みが強い。バターの塩味が、味わい深いものにしてくれる。ディルのさわやかな風味が、鼻を突き抜けた。


「これは、うまい!」


 そう言うと、リュシアンは笑みを深めた。

 コンスタンタンはその笑顔を直視できず、眩しいものを見た時のように瞼を細めた。


「残りは、騎士隊のみなさんで召し上がってください」

「いいのか?」

「ええ。ジャガイモは三箱も届きましたの。一人では消費しきれませんわ」

「そうか。では、いただくとしよう。感謝する」

「いえいえ」


 コンスタンタンは鍋を持ち、騎士達が休憩しているであろう小屋を目指す。

 リュシアンの話を聞いて、騎士達の扱いについて光が差し込んだような気がした。


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