堅物騎士は、お嬢様と蚤の市へ行く
食事を終えたあとは、仕立屋に足を運ぶ。すぐに辿り着いたものの、店の前にはずらりと長蛇の列ができていた。
一、二時間並んだくらいでは、店内に入れそうにない。
「あらあら……」
「うわあ、予想以上の賑わいですねえ」
さすが、社交期といえばいいのか。
並んでいるのはほとんど使いを頼まれた使用人で、ドレスを買いにきたというより、ドレスの手直しや修繕が目的のようだ。
「あの、せっかく連れてきていただいたのですが、ドレスは諦めます」
「いいのか?」
「ええ。実家で作ったドレスも一着ありますので」
「アンお嬢様、本当にあの地味なドレスで行くのですか?」
「別に、結婚相手を探しに行くわけではないので、いいでしょう」
「ええ~~」
ドレスよりも、リュシアンは気になっていることがあるようだ。
「あちらの、中央広場の天幕が気になるのですが」
「あれは、月に一度開催される蚤の市だ」
使わなくなった古い家具から、アンティークの品物まで幅広い品を揃える商店の並びである。最近は貴族の中で骨董ブームが起きていて、わざわざ足を運ぶ者も多いと聞いていた。
「行ってみるか?」
「いいのですか?」
「別に、構わない」
今度は飛び出していかないよう、リュシアンの手をしっかり取り蚤の市へと向かった。
蚤の市は、いつもより賑わっている。貴族と思われる男女も多く行き来していた。
銀食器に宝飾品、香水瓶に磁器と、リュシアンは女性が興味を抱きそうな品物はすべて素通りする。
しかし、中古の農具売り場では足を止め、目を輝かせながら商品を見つめていた。
「まあ、この熊手、使い込んだ木の風合いがとっても素敵ですわ!」
「お嬢さん、お目が高い。それは百年前に作られた品で、最近まで現役だったんだ。いい品は、何百年と使えるんだよ」
「そうなのですね!」
こういう品は、貴族にも需要があるらしい。田舎風の内装が流行っているらしく、熊手は帽子立て代わりに買われていくようだ。
「では、ここにある農具は、調度品として飾る品物なのですか?」
「そうだね。農具は蚤の市で買うより、専門店で買うほうが安いから」
「こちらは、いくらですの?」
「金貨一枚だ」
「まあ! そんなにしますのね」
金貨一枚は、騎士の初任給である。熊手一本に支払うには、高すぎた。
リュシアンはしょんぼりとしながら、熊手を元の位置に置いた。
彼女は農具として、使いたいと思っていたようだ。
コンスタンタンは一歩前に踏み出し、熊手を手に取る。
確かに、持ち手はしっかりしていて、この先十何年と使えそうだった。
「店主、これを売ってくれ」
熊手を買うコンスタンタンを、リュシアンは驚いた目で見つめていた。
店主から受け取った熊手を、リュシアンへと手渡す。
「ア、アランブール卿、こちらは?」
「ウサギを三十三羽捕獲した働きへの、褒美だ」
「で、ですが、わたくしが捕まえたわけでは……」
「アン嬢が罠を綺麗にして、対策を練りなおしたから、あのように大量に捕獲できたのだ」
さらに、そのウサギは精肉店を助け、国王の晩餐に並ぶ。大変名誉なことだろう。
「素晴らしい働きだった。それに対する感謝の気持ちを、熊手に託して贈ろうとしたまでにすぎない」
ここまで言ったら、リュシアンも遠慮できない。
うるうると潤んだ目を向けながら、礼を言った。
「アランブール卿、とても、嬉しいです。深く、感謝いたします」
熊手はコンスタンタンが預かった。
帰宅する途中、コンスタンタンとリュシアンはある集団を発見する。
「アランブール卿、あれは、なんですの?」
給金から抜かれる税収に納得いかない市民が、集まって抗議をしているのだ。
最近、また税率が上がった。裕福な貴族はともかくとして、切り詰めた生活をしている者達はたまったものではないのだろう。
この件について、王太子は反対していた。これ以上民の不満がたまったら、爆発してしまうと。
しかし国王は、聞く耳を持たなかった。
コンスタンタンは王太子の意見に賛成していたので、目の前の光景を見ていると心が痛む。
リュシアンに説明すると、大きな目を丸くしていた。
「民から税を徴収するのではなく、貴族が求める贅沢品の税率を上げたらよろしいのに」
「それは……そうだな」
リュシアンの言う通りだ。王太子も、似たような政策を行うため奔走していた。
ここには、長くいないほうがいいだろう。
コンスタンタンはリュシアンの肩を抱き、その場を去った。
帰りの馬車は荷台が空いている。それなのに、リュシアンは御者台へと座ってきた。
「風を感じるのが、気持ちがいいので」
安全な荷台より御者台を選ぶとは、とんだお転婆令嬢だと思った。
帰宅後──リュシアンが、熊手を持って嬉しそうに帰ってきたのを見た王の菜園で働く者達は、どうしてそうなったのかと首を傾げていた。
◇◇◇
王の菜園の野菜の利用についてと、喫茶店、宿の経営について問い合わせていた内容の結果が届いた。
最初から上手くいくはずはない。そう思いながら封書を開いたら、比較的好感触な返答で驚く。
先日あった晩餐会の成功が、上手く響いていたらしい。
王の菜園の野菜は参加者に好評で、売っていたら購入したいと望む声もあったのだとか。
しかし、最後の一文には、恐ろしいことが書いてあった。
国王の補佐官が、監査にくると。
コンスタンタンは一気に血の気が引いた。
王の菜園で働く農業従事者はいい。彼らは働き者で、明るく気のいい者ばかりだ。
問題は、騎士達である。
リュシアンがやってきて以前よりは真面目になったものの、それでも服装や態度は見せられるものではない。
監査は三日後と書かれている。それまでに、騎士達をどうにかしなくてはならない。
急遽、日勤の騎士の召集をかけたが、集まったのは十人中、二人だけ。
「他の者はどうした?」
「わかんないです」
「休憩でもしているんじゃないですか?」
コンスタンタンは盛大な溜息をついた。
人数が集まらなかったことだけでも大問題なのに、唯一やってきた騎士達の服装は乱れに乱れていた。どのような着方をしたら、そのように崩れるのか。
額に手を当て、「むう」と唸ってしまう。
「それで隊長、何用ですか?」
「手短に、お願いします」
「三日後、監査が行われる。その服装だと、合格はもらえないだろう」
「だったら俺達、休憩所にいます」
「出てこないんで、安心してください」
コンスタンタンは「は~~~~……」と、長い長い息をはいた。
どこから突っ込んでいいのか、わからなかった。
「どうしたんですか?」
「お医者さん、呼びます?」
心配する騎士達を手で制し、コンスタンタンは一つ一つ丁寧に説明した。
「まず、休憩所も監査対象だ。次に、騎士のいない王の菜園など、意味がない。畑の騎士は廃止となってしまうだろう」
「廃止になったら、誰かが困るのですか?」
「ってか、畑に騎士って必要なんですかね」
まったく話にならない。とりあえず、きちんと身だしなみを注意しておき、他の者にも伝えるように命じておいた。
何か早急な対策が必要だったが、呆れて何も思い浮かばなかった。
よろよろと歩いていると、リュシアンが嬉しそうに熊手で落ち葉をかき集めているところに遭遇する。ガチョウのガーとチョウも一緒だ。
リュシアンは手を振りながら、コンスタンタンのもとにやって来て嬉しそうに言った。
「アランブール卿、今から、焼きジャガイモをするのです」
「楽しそうだな」
「よろしければ、ご一緒しません?」
「いいのか?」
「もちろんですわ」
ちょうど休憩を取ろうと思っていたので、火おこしを手伝うことにした。
明日より、一日一回更新となります。




