堅物騎士は、お嬢様と大衆食堂に行く
精肉店の店主と青年に、盛大に感謝される。
「今年の聖誕祭は、旦那の家に最高級の鶏肉を持って行きますんで」
「おい、鶏肉だけじゃ足りねえよ。牛も豚も持っていけ」
「はい」
国王主催の夜会の料理に穴を開けずに済んだ精肉店の店主と青年は、大袈裟なくらい礼を言って去って行った。
「まさか、このような事態になるとはな」
「ええ、驚きました」
王の菜園の野菜を食べて育ったウサギは、大金となって返ってくる。これも、リュシアンの働きのおかげだろう。
「でも、一羽くらい残しておけばよかったですわね。この時季のウサギ肉のシチューは絶品ですのよ」
「また、明日も罠にかかっているだろう」
「だと、いいですけれど」
ウサギは全部売れた。コンスタンタンの目的は達成となる。
「アン嬢は、ドレスを買ってくるといい」
「ええ。アランブール卿はいかがなさいますの?」
「ここで待っていようと思っていたが」
「一緒に、来てくださらない? ロザリーがいるとはいえ、知らない土地を歩くのは不安で」
言われてみれば、そうだと思う。
しかしながら、今日は休日ではない。私用で動き回るわけにもいかなかったが、時計を見たら昼過ぎとなっている。
昼休みということにして、リュシアンに付き合うことにした。
まずは、食事を先にしたほうがいいだろう。
「先に、食事にしよう。何か食べたいものはあるか?」
「王都は、何が名物ですの?」
コンスタンタンは明後日の方向を見る。美食という娯楽は、彼には無縁だったのだ。それを、正直に告白する。
「すまない。あまり、食事に行ったことがなく詳しくない」
同僚の誘いも断り、稽古か奉仕活動しかしていなかったことを、いまさら悔いることとなる。クレールが毎週話してくれていたおいしい食堂の話も、聞き流していてまったく覚えていなかった。
「この先に、貴族御用達の店があるが──」
「アランブール卿、あそこのお店に行ってみません?」
リュシアンが指したのは、商店街の出入り口にある大衆食堂だ。商人や観光客が多く出入りしていた。
「あの店は、貴族令嬢が行くような店ではない」
「何事も挑戦ですわ。それに、あんなに人がたくさん入っているのですもの。お口に合わないはずありません」
コンスタンタンはリュシアンに引きずられるようにして、食堂に入ることとなった。
店内は賑わっていた。コンスタンタンはリュシアンの侍女であるロザリーにも、同席を勧めた。
「いえ、私は使用人ですので、お屋敷に戻ってから食べます」
コンスタンタンは首を振って、再度座るように命じる。
ロザリーの兄はリュシアンの兄のような存在だと聞いた。その法則から考えたら、ロザリーはリュシアンの妹になる。
「そういうわけだから、遠慮なく座れ」
「ロザリー、アランブール卿のお言葉に甘えましょう」
リュシアンは笑顔を浮かべながら言う。それは、ロザリーを暗に説得するようなものでもあった。
「え、ええ。すみません。ありがとうございます」
ロザリーは緊張の面持ちで座ったが、リュシアンが微笑みかけると照れ臭そうにはにかむ。
通常、使用人を食事の席に招くことはない。しかし、リュシアンにとってロザリーは特別な存在に思える。
王都から王の菜園まで二時間半かかる上に、ドレスを買いにも行くのだ。年若い娘を空腹のまま、連れ回すわけにはいかなかった。
メニューが運ばれてくるのを待っていたが、いっこうに来ない。ここで、ロザリーが気づく。
「あ、壁に貼ってある料理を選ぶみたいですね!」
周囲をよくよく確認してみたら、入店したばかりの客は壁のメニューを見ている。どうやら、個人へのメニューのない店のようだ。
「アンお嬢様、なんにします?」
「たくさんあるので、迷いますわ」
単品と定食があるようだ。コンスタンタンもどれにしようかと、真剣に選ぶ。
「二人共、決まったか?」
「はい」
「私も決めました」
隣を通りかかった店員を呼ぼうとしたが、目にも留まらぬ速さで厨房のほうへと消えてしまった。
普通のレストランであれば店員のほうが客を気にするのに、大衆食堂はそうではないらしい。
「あ、私が呼びますね。すっみませ~~ん!!」
ロザリーが大声で呼ぶと、店員が小走りでやってくる。
「お決まりでしたか?」
「はい。え~っと、肉団子煮込み定食に、秋野菜スープ定食。アランブール様は?」
「ウサギの香草焼き定食を」
「かしこまりました」
店員は一礼もせずに、厨房のほうへと走っていく。慌ただしい店だと、コンスタンタンは胡乱な視線を向ける。
リュシアンがウサギ料理の話をしていたので、なんだか食べたくなってしまったのだ。
しばらくすると、店員が駆けてくる。
「すみません、現在ウサギが品薄で、代わりに鶏の香草焼きになっているそうです」
「そうか。それでも、構わない」
「申し訳ありません。もう少々、お待ちを」
これも、社交期の影響なのか。ウサギはまた今度だ。
それから五分と待たずに、食事が運ばれてくる。店員は料理の載った盆を小走りで運んできた。
「パンは食べ放題です。お代わりされる場合は、呼んでください。それでは、ごゆっくりどうぞ」
とてもゆっくりできるような雰囲気ではなかったが、ひとまず食べることにした。
香草がふりかけられた鶏肉にナイフを沈める。肉は柔らかく、そこまで力を入れずとも切れた。肉は淡白な味わいだが、絶妙に配合された香草が味を引き立ててくれる。
付け合わせの野菜スープは薄味だったが、メインが濃い味付けだったのでちょうどいい。
パンはザクザクとしたハードな食感で、小麦の豊かな風味がする。
慌ただしい大衆食堂で、それほど期待はしていなかったが味は並み以上。おいしいと評価できる。
アンは野菜たっぷりのスープを、にこにこしながら食べていた。満足したようで、何よりである。




