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堅物騎士は、精肉店にウサギを売りに行く

 王都までの二時間半、リュシアンとの会話が途切れることはなかった。

 珍しいこともあるのだとコンスタンタンは思う。今まで、このようなことは一度もなかったのだ。

 夜会で経験した女性との沈黙を思いだし、ゾッとしてしまう。もう二度と、あのような状態になりたくない。

 溜息を一つ落とし、王都の検問所へとたどり着く。


 アランブール伯爵家の家紋を見せたら、あっさりと中に入れた。社交期は犯罪を警戒して、検問は厳しくなっている。

 荷台には、ウサギしかいない。ロザリーは売り物ではないかと疑われたが、リュシアンの傍付きだと言ったらあっさり納得してくれた。


「あはは。まさか、私まで売り物と勘違いされるなんて」

「すまなかった」

「いいええ。ウサギちゃんと一緒に乗るって言った私が悪いですし」


 大通りを馬車で抜け、商店街の入り口にある駐車場に停めた。

 ここからは、別行動となる。


「では、アン嬢は洋裁店に──」

「わたくし、王都の精肉店に行ってみたいですわ」

「特に、面白い店でもないが?」

「ダメですか?」


 リュシアンに上目遣いで見られると、反対などできなくなる。


「ならば、この先は人混みゆえ、手を」


 つい癖で、エスコートを申し出てしまった。女性と街歩きをするさいは、手を引くようにと教育されているのだ。

 以前も、リュシアンに手を貸したことがあったが、今日はなぜか照れてしまう。

 手を引っ込めようと思ったが、リュシアンは細い指先をコンスタンタンの手に添えてくれた。

 もう、引くことはできない。腹を括って、リュシアンをエスコートすることにした。


 リュシアンはコンスタンタンの腕に、細い腕をそっと添えている。その細さといったら。眩暈を起こしそうになった。もっと、肉を食べさせなければならない。そんなことを考えていたら、リュシアンが話しかけてくる。


「すごい、人ですわね」

「社交期は、特に多い」


 商店街には、二人乗り用の小型の馬車が行き交っている。

 商品が入った箱を積み上げた使用人が駆け回っているのも、社交期によく見られる姿だ。

 年に一度のこの時季は、特に王都は活性化される。同時に、トラブルも多い。 

 貴賓を招き毎晩のように夜会が行われる宮殿では、騎士達が毎日問題解決のため走り回っていた。


 今年は騎士となってから初めて、王の菜園で社交期を迎える。

 忙しいということはなく、平和な日々を過ごしていた。


 静かで穏やかな毎日のほうが、コンスタンタンに合っている。

 畑の騎士になってよかったと思った。


「アン嬢、あそこが精肉店で──」


 王家御用達の看板が下げられた、王都一を謳っている精肉店である。アランブール伯爵家の肉も、すべてこの店から購入していた。直接の顔見知りではないが、ここの従業員は年に何度もアランブール伯爵家の屋敷を出入りしている。


「歴史ある精肉店ですのね」

「ああ──」


 豚が彫られた看板には、創業三百年とある。リュシアンと二人眺めていたら、突然店から人が飛び出してきた。


「バッカ野郎!!」

「ギャ~~ス!!」


 どうやら殴り飛ばされたようで、青年がごろごろと商店街の道を転がっていく。


「あらあら」


 リュシアンはおっとりとした発言をしながらも、すぐさま転がった人のもとへと駆け寄る。想定外の行動力に驚きつつも、コンスタンタンはすぐさまあとを追った。


「あなた、大丈夫ですの?」

「うう……」


 石畳の上を転がったので擦り傷はあったが、大きな怪我はなさそうだった。

 鼻から血が垂れていたので、リュシアンはハンカチを当てている。


「す、すみません、お嬢様」

「いいえ」


 立ち上がった青年は、二十歳前後。よくよく見てみたら、そばかすの散った頬に細い目をした顔に見覚えがある。彼はアランブール伯爵家に出入りしている精肉店の青年であった。

 相手もコンスタンタンに気づいたようで、苦笑いを浮かべつつ会釈していた。


「どうしたんだ?」

「あ、いえ、俺が、肉の発注を忘れてたんすよ。明日の晩餐会に、間に合わねえって、親方に怒られて。今は社交期なので、畜産農家には、一週間前に頼んでいなきゃいけないんすよ」

「なんの肉を必要としている?」

「ウサギです、ウサギ」


 ウサギだと聞いた瞬間、コンスタンタンとリュシアンは顔を見合わせる。


「俺、首吊ってこいって言われました。取引先は、王族だったようで」

「何羽必要なんだ?」

「三十羽くらいっす」

「それならば、あるぞ」

「は?」


 精肉店の青年は、ぽかんとした顔でコンスタンタンを見る。


「偶然なのだが、ウサギを売りにきていたんだ」

「ほ、本当っすか?」

「嘘を言ってどうする」

「う……ああ……!」


 いったいどうしたのか。コンスタンタンが肩に手をかけた瞬間、精肉店の青年はその場にくずおれた。そして、額を石畳に付けて叫ぶ。


「あ、ありがとうございます。天の、助けっす!」


 コンスタンタンとリュシアンが戸惑っていたら、精肉店からガタイのいい親父が飛び出してきた。青年の親方であり、精肉店の店主のようだ。


「おい、てめえ、何してんだ!! 地面に這い蹲っていないで、さっさと畜産農家に走って行ってこい!!」

「お、親方あ~~」

「なんだ、首を吊るほうを選ぶってのか?」

「いいえ、こ、こちらのご夫婦が、ウサギを譲っていただけると」

「ち、違う!!」


 コンスタンタンは即座に否定した。精肉店の青年は、違うと言われ絶望を表情に浮かべている。

 双方の誤解を、リュシアンがやんわり解いた。


「違うというのは、夫婦ということですわ。わたくし共は、夫婦ではございません。ウサギは、三十三羽ございます。もちろん、可能であれば今すぐにでもお取引したいなと」

「ああ、ありがとうございます! そんなことでしたか!」


 今まで怖い顔を浮かべていた精肉店の店主は、途端に笑顔になる。

 すぐさま馬車を停めている駐車場まで案内し、ウサギを見せた。


「こりゃすごい! こんなに肉付きのいいウサギは初めてだ」


 なんせ、王の菜園の野菜を贅沢にも食べているのだ。きっと、肉質もいいに決まっている。


「これだけ上等なウサギが手に入るとは。こいつは、王様もお喜びになるだろう」


 ウサギは想定していた金額の五倍の値段が付いた。

 リュシアンと顔を見合わせ、微笑み合う。

 ずっしりと重い金貨の入った袋を手に、コンスタンタンは使い道を告げた。


「これは、王の菜園の農業従事者全員に、臨時の給料として手渡すようにしよう」

「まあ、素敵! みなさん、昨日は罠磨きを頑張っていましたから」


 リュシアンはさらに笑みを深める。それは思わず見惚れてしまうような、美しいものだった。


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