堅物騎士は、お嬢様を連れて王都へ向かう
翌日、罠にウサギが大量に引っかかっていた。五十個仕掛けたうちの半数以上、三十三羽もかかっていたらしい。
「あらあらあら、こんなにムクムクと太って」
リュシアンは眉尻を下げ、かかったウサギをしゃがみ込んで覗いている。彼女の言う通り、ウサギは罠の中は窮屈だろうと言いたくなるほど、太っていた。
王の菜園の野菜を、お腹いっぱい食べた結果である。
「隊長さんよお、このウサギ、どうするんで?」
「そうだな」
ここで働く者の大半は、ウサギの解体方法を知らない。生きたまま現物支給として渡しても、困るだけだろう。かといって、アランブール伯爵家で引き取っても、三十三羽のウサギを捌く人手がない。
「アランブール卿、街の精肉店に売りに行けばいいですわ。貴族はウサギのお肉が大好きですから、きっと高値で売れるはずです」
「なるほど」
社交期は毎晩のごとく、各地で晩餐会が行われる。ウサギ肉はあっさりしていて、女性や肥満に悩む男性からも支持を集めている。持って行っても、追い返されることはないだろう。
「では、今から街に行って、売ってこよう。アン嬢は、以前買い物があると言っていたな。ついでにしてくるといい」
「よいのですか?」
「ああ。街には滅多に行かないからな。ドレスを作るのならば、早いほうがいいだろう」
「ありがとうございます」
さっそく、馬車の荷台にウサギを詰め込む。
「座るところは、御者台しかないのだが」
「わたくしは構いませんわ」
ロザリーはどうするのか。コンスタンタンは視線で問いかける。
「あ、私はウサギちゃんと一緒に、荷台でいいです」
「かなり、獣臭いが?」
「平気で~す」
ロザリーは荷台でいいというので、リュシアンと二人御者台に座った。
王都までの道のりを、二頭立ての馬車で進んでいく。
古い馬車なので、ガタゴトと車輪が鳴る。王都へ続く道は整備されているのに、肝心の馬車がボロでは意味がないようだ。
木々に囲まれた街道は、どこまでも長閑だった。王都へ繋がる道には、とても見えない。
「この辺りは、まだ紅葉していませんのね」
「アン嬢の故郷は、紅葉しているのか?」
「ええ。フォートリエ子爵領の冬は早くて、先日、初雪が降りました」
「そうなのか」
北に位置する大農園では、すでに冬支度が始まっているらしい。
「雪深くなるので、たまに商人が行き来できなくなるのです。そんな時に備えて、肉や野菜で保存食を作るのです。他に、毛皮で外套や靴を作ったり、編み物をしたり」
「忙しいのだな」
「ええ、とっても」
ただ、フォートリエ子爵家の女達はなにもしない。冬支度は使用人の仕事だった。
「ですので、わたくしはロザリーのお家の冬支度を手伝っていましたの。毎日通い詰めていたら、父にロザリーのお兄様と結婚するつもりなのかと、真剣に問い詰められて……」
コンスタンタンはカッと目を見開く。リュシアンの言う『結婚』というワードに、過剰に反応してしまった。
「その、兄と、結婚を、誓い合っている、のか?」
「いいえ。ロザリーのお兄様は、わたくしのお兄様でもありますの。そういう関係ですわ」
「そうか」
荒波のように落ち着かなかった心が、静かな湖面の如く静かになっていく。
リュシアンとは出会って三日ほどだ。なぜ、このように動揺してしまうのか。
コンスタンタンは考え込むが、答えは浮かんでこない。
もやもやするけれど、温かな感情が在るだけだ。
「アランブール卿は、結婚をお約束した方がいらっしゃるの?」
「いや、私は、いない」
畑の騎士に嫁いでも、なんの旨みもない。そのため、夜会に参加してもまったく声をかけてもらえないのだ。
男ならば積極的に女性をダンスに誘って話しをしろというが、シャイなコンスタンタンには難しい高等技術だった。
「結婚は、難しい」
「本当に。でも、わたくしは──結婚が人生のすべてではないと、思っているのです」
「と、いうと?」
「貴族は結婚することによって、家を興します。けれど、結婚以外にも、方法があるような気がするのです」
「ふむ」
「たとえば、王の菜園を有効活用して、国王陛下のお役に立つ、とか」
「たしかに、特別な働きをした者には、勲章と陛下からの言葉をもらうことができる。それは、貴族にとって名誉なことだ」
「そうでしょう?」
しかしそれは、とても難しい。まだ、戦場で武勲を立てるほうが簡単なのではないかとコンスタンタンは考える。
「だが、荊の道でもある」
「ええ。誰もしていないことをするのは、とっても勇気がいることですわ。けれどわたくしは、挑戦したいのです。王の菜園には、人生を賭けてもいいほどの、大きな可能性があると思います」
リュシアンの言う通り、王の菜園は無駄が多い。あの、限られた施設を有効活用できたら、何かが変わるかもしれないのだ。
が、それに挑戦するには、貴族令嬢としての務めが邪魔になるだろう。コンスタンタンは念のため、問いかけてみた。
「ということは、アン嬢は結婚しないと?」
「結婚、しないといけませんか?」
上目遣いで見られたコンスタンタンは、あまりの可愛さに思わず「そんなことは言わずに、私と結婚しよう!」と言いそうになった。
その言葉は、寸前で呑み込んだ。危なかったと、手綱を強く握りながら思う。
「実家の家族のように、きっと貴族の男性は、わたくしが外で働くことはよくないと思うでしょう」
「仮に妻が働きにでかけたら、妻一人養うことができないのかと、夫は後ろ指を指されるだろう」
「そうなのです。それに、貴族の妻の仕事は、家を守ることですから」
「まあ、そうだな」
一般的な貴族の男は、妻が働きに出ることをよしとしない。
けれど、コンスタンタンはそうは思わない。
王の菜園に関わることは、アランブール伯爵家の家業でもある。妻が毎日畑に出かけることは、別になんの問題でもない。
それに、外に出て働けるということは、抜群に健康な証拠だろう。コンスタンタンは素晴らしいと評価できる。
ちらりと、リュシアンを横目で見てみた。彼女の肌は、驚くほど白い。さらに、首筋には青い血管が浮かんでいる。
この前見たものは、見間違いではなかったようだ。全身に、鳥肌を立たせてしまう。
リュシアンの見た目は、病弱だったコンスタンタンの母を思わせる儚さがあった。それは彼が最も苦手とするタイプである。
とすると、ある疑惑が浮かんできた。リュシアンは一見元気に見えるが、実は病弱なのではないのかと。
「アン嬢は、その、本当に──」
「はい?」
「いや、なんでもない」
健康なのかと本人に聞くのは失礼だ。リュシアンが健康か不健康かは、この先コンスタンタン自身が観察する必要がありそうだった。
ただ、健康だとわかったら、なんなのかと聞かれても、安心するだけだと言うばかりだが。
なぜ、こんなにも気になってしまうのか。
まだ、この時のコンスタンタンはまったく理解していなかった。




