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堅物騎士は、王の菜園の将来について考える

 リュシアンが来てから、アランブール伯爵家は大いなる変化を遂げる。

 コンスタンタンは、ひしひしと実感していた。

 家の中は明るくなり、使用人達は嬉しそうに駆け回り、父グレゴワールは友を得ることができた。

 屋敷の中だけではない。王の菜園で働く人々も、変わった。

 今まで、終礼時に全員が揃うことなどなかった。しかし、今日は騎士と農業従事者全員が、広場へとやってきたのだ。皆、リュシアンがいるから、真面目にやってきたのだろう。

 リュシアンが皆を労うと、わかりやすいほど鼻の下を長くしていた。下心の有無はどうであれ、こうして全員揃っていると気持ちがいい。

 これが習慣付けばいいなと、コンスタンタンは思った。


 そして──コンスタンタンは勇気を振り絞り、夕食後のリュシアンに「茶を共に飲まないか」と声をかけた。人生で初めて、女性を誘ったのだ。

 リュシアンは快く応じてくれた。これで断られていたら、二度と誘えなかったかもしれない。

 モテない男の心は繊細なのだ。


 茶会には、アランブール伯爵家の料理長自慢のサブレを作ってもらう。生前の母も大好物だった。きっと気に入ってくれるだろう。

 思惑通り、リュシアンは実に幸せそうにサブレを頬張っていた。

 それを見たコンスタンタンは、毎日菓子を作らせようと心の中で決意する。

 楽しく会話をしていたが、急にリュシアンは部屋を去った。何か失礼な発言をしてしまったのか、不安になる。

 会話の一つ一つを思いだそうとしたが、浮かれていたからかイマイチ覚えていない。共に部屋にいた家令に、何か失礼な発言がなかったか問いかける。

 家令は「特になかったように思われます」と返してきたが、安心できなかった。

 部屋をぐるぐる歩き回っているところに、リュシアンからカードが届けられた。

 そこには「楽しいお茶会に誘ってくださり、ありがとうございました」と書かれていた。

 なんでも、夜更かしは美容の敵だとのことで、慌てて部屋に戻ったらしい。謝罪の言葉も書き綴られていた。

 コンスタンタンは深く安堵する。失礼な発言をしているわけではなかったのだ。

 憂い事は綺麗サッパリなくなり、その日はぐっすり眠ることができた。


 ◇◇◇


 翌日、ドラン商会の奥方は元気になり、昼過ぎには王の菜園から王都へ向かったようだ。

 リュシアンは見送りもしたようで、アフタヌーンティーの時間に報告を受けた。


「奥方様、顔色も良くなって、元気そうでしたわ」

「それはよかった」


 今日も、外に敷物を広げて休憩する。

 リュシアンの侍女ロザリーが、茶を淹れてくれた。共に運ばれた菓子は、昨日頼んでいたとっておきのものだ。

 四角く、淡い色がついた菓子は、ギモーヴと呼ばれるもの。卵白にゼラチンを混ぜた菓子は、驚くほどふわふわだ。以前、同僚だったクレールから「女性はギモーヴが大好きだ」という情報を得ていたので、料理長に作ってもらったのだ。


「初めて見るお菓子ですわ」

「ギモーヴというらしい。都で、人気の菓子だとか」

「まあ、そうですのね!」


 リュシアンはまるで宝石を掴むように、丁寧な手つきでギモーヴを手に取る。

 太陽に翳し、目を細めていた。

 口に含むと、ハッと目を見開く。おいしかったようで、途端に笑顔になった。

 リュシアンの表情はコロコロと変わっていく。その様子は、どれだけ眺めていても飽きない。


「これ、とってもおいしいお菓子ですわ。口の中で、しゅわりと溶けてなくなりますの」

「そうか」

「アランブール卿も、召し上がってみてください」


 リュシアンはそう言って、掴んだギモーヴをコンスタンタンの口元へと運ぶ。

 突然差し出されたギモーヴを、反射的に食べてしまった。


「いかがです?」

「……甘い」


 すぐさま口元を押さえ、羞恥する己を隠す。


「もしかして、甘すぎました?」

「いや……」


 リュシアンは急接近し、コンスタンタンに紅茶を差し出してくれる。

 しかし、彼女の香りを至近距離から目一杯吸い込んでしまい、さらに撃沈することとなった。


 なぜ、リュシアンはこのように良い香りがするのか。

 永遠の謎だろう。

 コンスタンタンの動揺に気づくことなく、リュシアンは話し始めた。


「アランブール卿、わたくし、ドラン商会のご夫婦を見送りながら、いいことを思いつきましたの」

「なんだ?」

「ここに、喫茶店のような、誰もが休憩できるお店があったら、素敵だなって」

「それは──いいかもしれない」


 今まで、大勢の人達を追い返してきた。皆、知らずに王の菜園にやってくるのだ。

 この地について、その場で理解してもらうことは難しい。怒らせてしまったという報告も珍しくなかった。


「屋敷の裏手に、使っていない使用人の宿舎もあるから、あそこは宿泊施設のようにできたら、いいかもしれない」

「王の菜園の宿屋! 素敵ですわ」


 王の菜園で残った野菜も、喫茶店や宿屋で使ったらうまく消費できるだろう。

 いい考えだと思った。


「そのためには、上層部に報告して許可を得なければならない」

「難しいでしょうか?」

「簡単なことではないな」


 しかし、申請してみる価値は大いにある。

 王の菜園の未来に、明るい光が差し込んだような気がした。


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