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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様は動転する

 コンスタンタンの不意打ちの笑顔に、リュシアンは頬を赤く染める。

 普段、表情に変化がない人の微笑みは、破壊力が抜群なのだ。

 熱くなった頬を両手で冷やしていたら、コンスタンタンに心配されてしまった。


「まさか、具合が悪いのでは?」

「いいえ。ぜんぜん、元気です。今から、畑仕事できるくらい」

「いや、今日はもう働かなくてもいいが」

「で、ですよね」


 リュシアンは内心溜息をつく。コンスタンタンを前にすると、どうにも落ち着かない気持ちになるのだ。

 相手が年の近い異性だからか。

 しかし、コンスタンタンと同じ年頃のロザリーの兄と接する時は、ドキドキと胸が高鳴ることはなかったのだ。


「あ、あの、ウサギ、罠にかかっているといいですね」

「そうだな。皆、頑張って罠を綺麗にしたようだから、成果がでてほしい」


 またしても、コンスタンタンは淡く微笑む。リュシアンは直視できず、顔を背けてしまった。


 ◇◇◇


 夕食はドラン商会のドニを交え、初対面の者同士ながら会話も盛り上がるという賑やかな時間となった。


「いやはや、すみませんね、奥さんが具合を悪くしているのに、楽しんでしまって」

「いえいえ。大人しくしていても、妻の具合がよくなるわけではないので」


 久しぶりに年の近い客人を迎え、グレゴワールは上機嫌だった。

 食後も、共に酒を飲むようだ。

 リュシアンはコンスタンタンに茶に誘われたので、喜んで応じる。


 夜、よく眠れるように、ロザリーはリュシアンのカップにミルクをたっぷり入れてくれた。

 

「アンお嬢様、どうぞ」

「ありがとう、ロザリー」


 コンスタンタンは紅茶に三杯の砂糖とミルクを入れている。どうやら、リュシアンに負けず劣らずの甘党らしい。密かな発見をしてしまう。


「何か?」

「い、いえ、なんでもありません。それはそうと、賑やかな夕食でした」

「あのように、楽しそうな父を見たのは、初めてかもしれない」

「よほど、気がお合いになったのですね」

「みたいだ」


 次に会う約束もしているらしい。

 グレゴワールは騎士となってから、街に繰り出したり、酒盛りをしたりすることもなかった。王の菜園の騎士の務めを真面目に果たし、羽目を外すことすらなかったのだ。

 

「今回の出会いは、アン嬢の導きのおかげだ」

「わたくしは、単に具合を悪くしていた奥様を、見過ごすことができなかっただけで……」

「感謝している」


 コンスタンタンに礼を言われ、リュシアンは落ち着かない気分となる。

 そわそわと逸る感情を、ティーカップを両手で持って指先を温めることで鎮めさせた。


「お待たせいたしました。こちら、焼きたてのお菓子ですって」


 ロザリーの手によって、料理長特製のバターたっぷりのサブレが運ばれる。山羊の乳バターをふんだんに使っているようで、貴婦人の指先のようにうっとりするほど白い。

 コンスタンタンに勧められたので、サブレを一つ手に取る。

 サクリ、という軽い食感のあと、濃厚なバターの風味が鼻から抜ける。世界一おいしいサブレだった。紅茶を飲むと、茶葉の風味がさらに引き立つ。


「このサブレ、とってもおいしいです」

「そうか」


 今日一日、いろいろあった。振り返ってみると、濃い一日を過ごしたような気がする。

 王の菜園のカボチャの甘さに驚き、畑をブッフェ代わりにするウサギの存在に怒りを覚え、関係者以外立ち入り禁止の王の菜園の決まりにやるせない気持ちになった。


 一日の疲れを、絶品の菓子と紅茶が癒してくれた。


「今日は、よく働いてくれた。いろいろと、技術も授けてくれて、感謝する」

「いえ、大した働きは、まだしていないのですが」

「大した働きだろう」


 思いがけず、コンスタンタンに労われ、リュシアンは照れてしまった。

 故郷では一日中働くと、家族から「そこまでしなくてもいい」と言われることもあった。貴族令嬢は汗水流して働くことを、よしとしないらしい。

 なぜ、リュシアンはそこまでして働くのか。

 それは、育てた野菜のおいしさの秘密を知っているからだ。


「あの、わたくし、おかしくありません?」

「何がおかしい?」

「だって、こんなに働いている貴族の女性を、わたくし以外知りませんので」

「確かに、そうだな。しかし、おかしいとは思わなかった。こんなにもよく働いてくれて、心からの感謝と、尊敬の念を抱いた」

「そ、そう、ですか」


 先ほどから、顔が熱い。こんなことなど、初めてだった。

 照り付ける太陽の下で一日中働き、見事に肌を焼いてしまった日も、今日みたいに顔が熱くなることはない。

 いったいどうしてしまったのか。リュシアンは考えるが、答えが出てこなかった。

 頬に手を当てていたら、ふと気づく。今日一日、化粧直しをしていないことに。

 リュシアンの肌に塗りたくられている白粉は、半日に一回塗りなおさないと崩れてしまう。

 もう、長い時間鏡など見ていない。リュシアンはゾッと、血の気が引いた。

 

「アン嬢、明日のことだが──」

「も、申し訳ございません。わたくし、もう、お休みしますわ!」


 コンスタンタンの顔を見ることができず、返事を聞く前に会釈をして部屋から走り去ってしまった。

 ロザリーもコンスタンタンへお辞儀をして、部屋を去る。


 ◇◇◇


 

「アンお嬢様、どうかなさったのですか~?」


 追いかけてきたロザリーの問いかけに答えるよりも、まずは鏡を覗き込んで今の状態を確認することから始めた。


「なっ!?」


 鏡の向こう側にいる自らを見て、絶句する。


「アンお嬢様?」

「ロザリー、わたくし、化粧が落ちかけて、ドロドロですわ」

「そうですか? 遠くからみたら、わからないですよ」

「わかりますわ!」


 ロザリーを振り返ったのと同時に、大きな声で叫んでしまった。ロザリーの目はまんまるになって、驚いた表情となっている。


「あ……ごめんなさい」

「いえ。アンお嬢様がそんな大きなお声が出せるんだと、少々感動しておりました」


 ロザリーにショックを与えたのではないと分かり、胸を押さえて息をはく。


「すみません。アンお嬢様のお化粧、私が気づくべきでした」

「いいえ。自分のことだから、自分で気をつけなければならないのに」

「忙しくて、失念していました」

「わたくしも」


 化粧のことで大騒ぎして、周囲が見えていなかった。信頼に足るロザリーが大丈夫だというので、酷い見た目ではなかったのだろう。

 リュシアンは最終的に、笑ってしまった。


「アンお嬢様?」

「ごめんなさい。なんだか、おかしくなって」


 化粧のことで、こんなにも大騒ぎするなんて滑稽だ。

 ロザリーもつられて笑ってしまう。


「あ、そういえば、突然去ったりして、アランブール卿に失礼ではなかったでしょうか?」

「大丈夫ですよ。だって、もういい時間ですし。未婚の男女が過ごしていい時間帯ではありません」

「そう、ですわね。今からカードにメッセージを書くので、家令に持って行ってくださる?」

「もちろんですとも!」


 リュシアンはカードに、楽しい茶会だった旨を書いてロザリーに託す。

 今日は本当に、充実していた。

 そう振り返りながら、リュシアンの一日は終わる。


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