お嬢様は老夫婦と出会う
王に献上する前に、農業従事者が王宮厨房の騎士の前で野菜を毒味する。
カボチャは柔らかく煮込まれ、そのまま食べるのだ。
毒見に、リュシアンも参加した。
やってきた騎士は、リュシアンの存在にぎょっとする。
「こちらは、フォートリエ子爵家の野菜の先生です」
そう紹介される。騎士は引きつった顔で、「どうも」と言葉を返していた。
騎士が選んだカボチャをその場で煮込み、毒味をする。
「まあ、甘い!」
王の菜園で育てられたカボチャは、今まで食べたどのカボチャよりも甘い。
リュシアンは感激し、世界一のカボチャだと絶賛した。
「このカボチャは、何度も品種改良がなされ、ポタージュ専用として作られたカボチャなんですよ」
「ポタージュ専用のカボチャなんて、聞いたことがありませんわ。なんて、素晴らしい」
褒められた農業従事者は、恥ずかしそうにしていた。
「王が口にする料理が、この世で一番おいしくなければならないんです。そのために、俺らは古くから伝わる品種改良の技術を使い、野菜を作っているのですよ」
王の菜園で働く農業従事者は、野菜の職人なのだ。リュシアンは心から尊敬の意を示す。
◇◇◇
カボチャの毒味を終えたリュシアンは、薬草の種を手配したあと農業従事者と共に罠磨きを始める。
「フォートリエのお嬢さんよお、さっきからタワシで磨いているんですが、ぜんぜん落ちなくって」
「鉄は、酢で磨いたら綺麗になります。まずは、鍋に水と酢を入れて、煮込んでしまいましょう。それでも落ちないものは、研磨剤で洗って紙やすりで磨くと綺麗になります」
「おお、試してみよう」
物置に放置されていた炊き出し用の鍋に水を張り、酢を入れる。沸騰してきたところに、錆びた罠を次々と入れた。
数分後、綺麗になった罠を見た農業従事者達は、「おお~!」と歓声をあげる。
「綺麗になった罠は、きちんと水分を拭き取ってくださいね。濡れたまま放置すると、また錆びてしまうので」
このあとは、一週間に一回錆びていないか点検し、錆びていた場合も酢で簡単に落とすことができる。
ピカピカになった罠を、リュシアンは設置するためにロザリーと案内する農業従事者と共に畑に向かった。
「いやはや、すべての罠を磨くと聞いて今日明日中じゃ終わらないと思っていたんですが、あっという間に綺麗になりましたね」
「ええ。コツを掴んだら、簡単に綺麗になるのですよ」
あぜ道を歩きながら、リュシアンはロビンと名乗った青年に質問をする。
「あなたはなぜ、ここで働いていらっしゃるの?」
「出稼ぎです。ここで働くほとんどの人がそうですよ。王の菜園は給料もよくて、好待遇。いい働きをしたら、自分の畑ももらえるって聞いてきたんですけれど──」
給料が高く、好待遇だったのはずっと昔の話だったようだ。働きに応じて畑が貰えるという制度も、現在は廃止されている。
以前あった畑は潰され、現在は王族の離宮が建っているらしい。
「大口叩いて田舎を出た手前、なかなか帰ることができなくって」
「そう、でしたのね」
昔に比べて、王の菜園の扱いは悪くなる一方で、廃止をしたほうがいいのではと囁かれているようだ。
「庶民から見たら、ここは税金の無駄使いなんです。今、下町のほうでは税金引き下げの運動も起こっていて、ここも襲撃や制圧されるんじゃないかと、一部の騎士は危惧しているようです。ま、ただの噂ですけれど」
「……」
王の菜園の話を初めて聞いた時、リュシアンは素晴らしいものだと思った。しかし、現実は異なる。
国王の税金の無駄使いの象徴といわれてしまえば、言い返す言葉はない。
ただ、ここは国王が口にする野菜を育てる神聖な場所だ。古くから引き継がれる農業の伝統と技術だってある。
それをなくしてしまうのは、あまりにももったいないことだ。
「いったい、どうすれば──」
「いいから、ここから去るんだ!!」
会話を遮るほどの、大きな声。王の菜園の出入り口の門から、怒号が聞こえた。
門を護る騎士が、誰かを怒鳴りつけていたのだ。
「ここは関係者以外、立ち入りが禁じられている。王都はすぐそこだ。休むなら、そこにしろ!」
「し、しかし、妻はもう、限界で──」
「それはお前達の勝手な都合だろうが!」
リュシアンは驚き、ロビンの顔を見上げる。
「ああ、あれ、よくあるんです。ここは建物とかがけっこう建っているので、外からはちょっとした村のように見えるんですけれど……。それで、旅人とか商人が、休ませてくれってやってくるんですよ」
「まあ、そうだったのですね」
「ええ。しかし、ここは関係者以外立ち入り禁止。社交期は一日に何回も人がやって来るので、騎士さん達も苛立っている、というわけです」
「困りましたわね」
「本当に」
関係者以外立ち入り禁止の決まりがあるというが、具合が悪い者がいるという。
ここから王都まで、馬車で二時間半ほどかかるのだ。病人には、その時間も辛いだろう。
リュシアンは門のほうへ駆けだす。
「あの、騎士様、少しよろしいですか?」
「なんだ──な、なんでしょうか?」
突然リュシアンが間に割って入る形になったので、騎士は驚いていた。
にっこりと微笑みを浮かべ、リュシアンは騎士に物申す。
「申し訳ありません。わたくし、知人が訪問する旨を話しておくのを失念しておりまして」
「え?」
リュシアンはちらりと夫婦のほうを見る。年老いた老夫婦で、馬に乗って旅していたようだ。何か言いたげだったが、唇に人差し指を当てて喋らないように暗に伝える。
「すみませんが、お二方を中にご案内しても?」
リュシアンの知人ならば、断る理由はない。騎士は敬礼し、夫婦が王の菜園に入ることを許可した。
 




