堅物騎士は、お嬢様の本気を垣間見る
部屋が乾いていないので、引き続き青空の下で仕事を行う。
雑多に広げられた書類や本の中から、昨日提出された報告書を見事発掘した。
野菜の処分についてはさておき、収穫量が減っている件は上層部より「改善せよ」と命じられている。
まずは、一日一回届けられる報告書を見てみることにした。
騎士の報告書はまったく参考にならない。
人数の半分も提出していたらいいほうで、提出されていても内容が薄い。
「ほとんど、異常なしですわね」
「申し訳ない」
これに関しては、コンスタンタンの報告書のほうが役立ちそうだった。
ここ一ヵ月、記録していたものをリュシアンに手渡した。
「まあ、アランブール卿は、美しい字をお書きになりますのね」
「初めて言われた」
「そうでしたの?」
男はあまり字に頓着しないのかもしれない。普通に書いていたつもりだったが、美しいと言われて照れてしまう。新鮮な反応だった。
思い返したら、女性に手紙を送ったことは一度もなかった。
「このような綺麗な文字で認められたお手紙が届いたら、わたくしは溜息をついてしまいますわ」
異性にここまで褒められた経験のないコンスタンタンは、どのような反応をしていいのかわからなくなる。顔がゆるみそうになっていたが、歯を食いしばって耐えた。
「ごめんなさい、関係のないお話をしてしまって」
「いや、構わないが」
「それにしても、やはり、野生動物は夜間に活動が頻繁になるようですわね」
コンスタンタンは、畑で見かけた生物の記録をつけていた。中でも一番多いのが、ウサギだ。特に、夜勤の時に多く見かける。昼間は農業従事者がいるので、警戒しているのだろう。
夜間はやる気のない騎士しかいない。比較的安全な中で、野菜を食べているに違いない。
「ウサギは夜行性ではないのですが、天敵がいない時間を選んで野菜を食べに来ているようで」
「一応、追い払ってはいるのだが、効果はいまいちだな」
「追い払われても殺されることはないので、またやって来るのでしょう」
「なるほど。徹底的に駆除をしなければならない、というわけか」
「ええ」
罠は効果なし。だとすると、直接狩る必要がある。
「フォートリエ子爵領の農園では、どのように害獣駆除をしていた?」
「基本、罠ですわ。けれど、引っかからない賢い個体もいますので、そういうものは散弾銃で仕留めます」
「それは、農業従事者が行っていたのか?」
「いいえ、わたくしが」
「そうか」
貴族令嬢であるアンが、銃を構える様子など想像できない。けれど、本人がそうだと言っているので、実際にウサギ狩りをしているのだろう。
驚きは、なるべく顔に出さないよう努めた。
現在、収穫量が大きく減るほど、野生動物に野菜が食べられている。きっと、思っている以上に畑へやって来ているに違いない。
「農園では、どのような罠を使っている?」
「特別に独自性のある罠ではありませんわ。ここで見かけた物と、ほぼ同じです」
仕かけていたら、ほぼ毎晩かかっているようだ。
一方、王の菜園では野生動物がほとんど罠にかかることはない。
「では、罠を実際に見に行きましょう」
「そうだな」
リュシアンならば、罠の違いがわかるはずだ。
さっそく、畑に向かう。近くにあったカボチャ畑では、収穫が行われていた。
一人がカボチャの蔓を切って収穫し、もうひとりは野菜に傷がないか検品。最後のひとりが木箱に詰める。
国王主催の晩餐会に使うようで、急ピッチで作業が行われていた。
「王の菜園の野菜は、このように晩餐会でも使われる」
「でしたら、大きな畑は必要になりますわね」
「開催は年に二、三回しかないがな」
国王専用の畑は、晩餐会の席でも話題になる。一年を通して、いつでも新鮮な野菜が収穫できる畑は必要なのだ。
「よっし、これが最後の一個だあ」
「おうよ! お疲れ──と言いたいところだが、ダメだこりゃ」
「なんだってえ!?」
収穫した者がカボチャを覗き込むと、がっかりと項垂れる。コンスタンタンが寄越すようにというような仕草を取ると、カボチャは投げられた。
見事、受け取ったカボチャには、齧られた跡がくっきりと付いていた。
「隊長さん、それ、今日で十個目っすわ!」
齧られたカボチャを見つめていると、自然と眉間に皺が寄ってしまう。
「まあ、なんて贅沢ですの? 田舎のウサギは、きちんと全部食べますのに、都会のウサギはいろんなカボチャを食べて回っていますのね」
カボチャの食べ放題といえばいいのか。許せることではない。
「罠はどうした?」
「あっちに仕かけてありますが、まったくダメでえ」
農業従事者が指した方向に、リュシアンが我先にとずんずん歩いていく。カボチャを食べ散らかされたことに腹立たしく思っているようで、背中から強い怒気が伝わってくる。
王の菜園の罠は、鉄で組まれた箱型の物だ。中にある餌を食べると、出入り口が閉まるという仕組みである。
罠には、カボチャが吊るされていた。しかし、このカボチャには目もくれず、畑のカボチャを食べに行くのだ。
「それ、たまにカボチャがなくなっている日があるんですよねえ」
「罠は作動していなくて、空の罠だけ残っているんすわ」
「不思議なこって」
話を聞いていたリュシアンの目が、鋭くなる。すぐさまその辺に落ちていた木の棒を手に取り、罠の中にあるカボチャを突いた。
吊るされたカボチャはポトリと落ちる。けれど、罠の出入り口は閉まらなかった。
「この罠、錆びて動かないようですわ」
「……」
どうやらウサギは罠の中のカボチャを食べたあと、捕まりもせずに帰ることができていた。罠は鉄製のため、そのままにしていたら錆びる。週に一度、錆びていないか確認と手入れが必要みたいだ。
「アランブール卿、王の菜園に罠はいくつくらいありますの?」
「それは──」
コンスタンタンの知らない情報である。代わりに、一番年長者の農業従事者が答えてくれた。
「五十個くらい、あったかと」
それだけ設置して一ヵ月に一匹かかるか、かからないか。ほとんど罠の意味をなしていない。
「すべて、徹底的にお手入れをされたほうがいいかと」
「命じておく」
「それから、ここは他の農園と比較して虫が多いですわ」
リュシアンの言葉に、農業従事者が反応を示す。
「そりゃお嬢さんや、無農薬で作っておりますので~」
「そうだとしても、多いです」
リュシアンがぴしゃりと言い返したら、農業従事者はポリポリと後頭部を掻き困った表情を浮かべていた。
リュシアンは畑にしゃがみ込み、カボチャの蔓を掴んで引き抜いた。
「蔓も、葉も、茎も、根も、虫食いされています。このような状態では、野菜に栄養も行き渡らないでしょう」
「まあ、そうですね」
害獣も問題だが、虫食い問題も深刻である。
「一応、虫は見つけ次第、徹底的に排除しているつもりなのですが」
「駆除がメインですの?」
「そうですね」
虫の駆除といったら、農薬だ。しかし、国王の口に入る物なので薬の散布は禁止されている。よって、無農薬という昔ながらの方法で野菜が栽培されていた。
「虫は、一部の薬草を嫌います。周辺に、植えてみましょう」
虫の忌避効果は、種類によって異なる。
「ミントは虫が苦手な薄荷油が含まれていて、畑の周辺に植えると虫よけ効果を発揮します」
他に、共に植えることによって、野菜にいい効果をもたらす薬草もあるようだ。
「たとえば、カボチャみたいな蔓性の野菜とオレガノを一緒に植えたら、風味が豊かになると言われています」
蝶や蜂のような益虫を引き寄せる一方で、害虫を遠ざける効果のある薬草もある。
「すべての野菜に有効というわけではないのですが、品種や虫の種類によって効果を表す物もあります」
「おお……!」
リュシアンの専門的な知識に、農業従事者は感嘆の声を上げている。
無農薬野菜でも、打つ手はいろいろありそうだ。
たった少し話をしただけで、農業従事者のリュシアンを見る目が変わっていた。




