表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
番外編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

166/168

奥様は、突然の体調不良に戸惑う

 このところ体調が悪かったリュシアンは、自身の体にある違和感を覚えていた。

 そこまで働いていないのに足がむくみ、肌が荒れたり、熱っぽさや頭痛がしたり。

 体調不良が重なることは初めてで、何かの病気なのではないかと不安になってしまった。

 リュシアン以上に心配していたのは、コンスタンタンである。

 彼は母親を病気で亡くしているので、余計に敏感になっているのだろう。


 少しだけ眠ったら治る。そう思っていたのに、症状は治まらず。

 医者に診せたら、ただの疲労だと言われてしまった。


 しばらく働かずに、ゆっくりしておくといい。コンスタンタンはリュシアンの手を握り、噛んで含めるように言った。


 こうなったら、体調がよくなるまで大人しくしているしかない。

 これ以上コンスタンタンに心配をかけさせないために、リュシアンは療養することにした。


 しかし、休めど休めど、体調はよくならない。

 今日は、大好きなミートパイを受け付けずに、吐き出してしまった。


 体調がいっこうによくならないので、苛立ちも募っていく。

 病気でないと診断された以上、ゆっくり休むしかない。わかっているのに、焦ってしまう。


 そんな中で、ロザリーがリュシアンにある提案をした。

 母クリスティーヌを呼んだほうがいいのではないかと。

 たしかに、母がいたら心強い。リュシアンやコンスタンタンの心配も、なんてことないと励ましてくれるだろう。


 早速、ロザリーが手紙を送ってくれたようだ。

 コンスタンタンにもクリスティーヌがやってくることについてロザリーが報告したようだが、上の空だったという。


 コンスタンタンにもずいぶん心配をかけてしまった。

 だが、クリスティーヌがやってきたら、コンスタンタンも元気になるだろう。

 リュシアン自身もきっと、明るく振るまえるはず。


 その予想は、見事に的中した。


 リュシアンのもとへまっすぐやってきたクリスティーヌは、リュシアンの顔をひと目見た瞬間に思いがけないことを口にする。


「あなた、妊娠しているのでしょう。体調不良は妊娠初期に見られる、悪阻です。何も、心配いりません」

「妊娠、ですか?」

「ええ。間違いないでしょう」

「で、でも、お医者様は、体調不良だろう、って」

「妊娠の診察は、医者でも難しいと聞いたことがあります」

「そう、だったのですね」

「痩せ細って、可哀想に。リュシアン、お母様がついているので、何も心配はありませんよ」 


 そう言って、クリスティーヌは優しく抱きしめてくれた。

 リュシアンは眦から、涙が溢れてくる。


 妊娠した喜びというよりは、まず、安堵感が押し寄せてきた。

 病気ではなくて、よかった……!


「母上はどうして、わたくしが妊娠しているとわかったのですか?」

「勘です」

「え?」

「ロザリーの手紙にあったあなたの体調不良が、妊娠初期の症状とよく似ていたので、そうじゃないかと思ったのです。憔悴しきっている様子を見て、ますます間違いないなと」

「そう、だったのですね」


 クリスティーヌはリュシアンの背中をポンポンと叩くと、すぐに離れていった。

 まだ、胸を借りていたい気分であったが、甘やかしてはくれないらしい。


「では、他の方に挨拶をしてきますね」

「はい」


 ポツンとひとり残されたリュシアンは、呆然とする。


「わたくしが、妊娠?」


 命が宿っているらしいお腹にそっと触れてみても、いまだ実感がない。

 コンスタンタンはどう思うだろうか?

 そんなことを考えていると、じわじわと喜びが浮かんでくる。

 それから数分と経たずに、コンスタンタンがやってきた。


「アン!!」

「コンスタンタン様!!」


 夫婦は抱き合い、新しい命の誕生を喜びあった。

 なんてすばらしい日なのか。リュシアンはしみじみ思った。


 ◇◇◇


 妊娠は喜ばしいことである。

 そういう気持ちは常にあるものの、妊婦はなかなか大変であった。


 まず、悪阻に悩まされ、満足に食事ができない日々が続いた。

 気分転換に王の菜園に散歩に行こうとしても、引き留められてしまう。家の中にいるように命じられた。

 病人のような扱いに、リュシアンはため息ばかり出てしまう。


 コンスタンタンだけは、リュシアンをこっそり外に連れ出してくれた。

 ただし、常にリュシアンを横抱きにしている状態であったが。


 アランブール伯爵邸の裏に造られた温室に行き、コンスタンタンが手入れをしているのをリュシアンは眺める。

 土の中には雑菌があるので、触れないように言われているのだ。

 過保護だと思ったが、心配をかけたくないのでリュシアンは大人しくしていた。


 子どもが生まれたら、一緒に温室で野菜を育てたい。

 ささやかな夢を、リュシアンは胸に抱いていた。


 そして、妊娠十ヶ月目――ついに臨月となる。

 いつ生まれてもおかしくない状態であった。

 クリスティーヌとロザリーが常に目を光らせ、若干恐ろしいとリュシアンが思うほど出産を心待ちにされていた。


 妊娠四十週目。

 リュシアンは無事、元気な男の子を出産した。

 生まれたばかりの我が子は全身真っ赤で、顔はくしゃくしゃ。

 決して可愛くない見た目なのに、心から愛らしく思った。


 コンスタンタンも、リュシアンのもとにやってくる。


「アン、ありがとう……!」

「はい」

「しばし、ゆっくり休んでくれ」


 クリスティーヌとロザリーが、産湯に入れてくれるようだ。

 コンスタンタンがしたいと名乗り出たようだが、「子どもは繊細なのです!! 私がやりますので!!」と怒られていた。

 出産を経て満身創痍なのに、リュシアンは笑ってしまう。

 幸せだと、改めて思った。


 生まれた子どもは、リュシアンと同じ金の髪に、コンスタンタンそっくりの精悍な顔立ちだった。

 そんな子どもを見つめながら、コンスタンタンは言った。


「この子どもが大きくなったら、職業は好きに選ばせようと思う」


 コンスタンタンは幼いころから、父親の背中を見て騎士になりたいと強く思った。

 けれど、子どもはそうであるとは限らない。

 可能性は無限大である。

 大人が強制して、決めていいものではない。

 そんなコンスタンタンの言葉に、リュシアンは大きく頷いた。


「元気に、すくすく育っていただけたら、わたくしにとっては、とてつもない親孝行だと思います」

「そうだな。立派に親孝行してくれると、嬉しい」


 アンリ=シャルルと名付けたコンスタンタンとリュシアンの子どもは、両親の背中を見てすくすく育った。


 野菜を愛するばかりではなく、騎士となり、王の菜園を守るようになるのだが――それはまた別の話である。 

挿絵(By みてみん) 

王の菜園の騎士と、野菜のお嬢様

第3巻、本日発売です!

なんと今回は、オール書き下ろしとなっています。

イースターや王の菜園のレストラン、母クリスティーヌの登場に、ソレーユと王太子のウェブ版とは異なる展開などなど、盛りだくさんな内容です。

お手に取っていただけたら、嬉しく思います。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ