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堅物騎士は、奥さまを案ずる

 王の菜園で、ウサギを全力で追いかける女性リュシアン・ド・フォートリエに一目ぼれをした男、コンスタンタン・アランブール。

 紆余曲折ありながらも、ふたりは夫婦となった。


 王妃つきの侍女となったリュシアンは、忙しくも充実した日々を過ごしている。

 そんな彼女に、ある変化が訪れた。


 朝からキャベツの収穫をすると張り切って出かけたのだが――昼過ぎにロザリーがコンスタンタンのいる執務室に駆け込む。


「アランブール卿! あの、その、リュシアン奥様が、お倒れになりました!」

「なんだと!?」


 いつも元気なリュシアンが、突然倒れたと。

 報告があったときには、リュシアンはすでに王の菜園にある宿泊所へ運ばれたあとだった。

 意識も戻っており、駆けつけたコンスタンタンに向かって心配をかけたと謝罪する。


「アン、また私に隠れて無理をしていたのではないな?」

「いいえ、そんなことはありません。昨晩はぐっすり休みましたし、お仕事も皆で手分けをして、平等に働いております」


 本人は無理はしていないと主張していたが、リュシアンには前科があった。

 生粋の働き者である彼女は、目を離すと体を動かしたがる。

 ロザリーに目を光らせておくよう、頼んでいたのだ。

 コンスタンタンはチラリとロザリーを見る。


「あの、アン奥様のおっしゃることは、本当です。ごくごく普通に、キャベツを収穫されておりました」

「そうか」


 リュシアンはしょんぼりしていた。

 そうさせているのは、他でもないコンスタンタンだ。

 心配するあまり、ピリピリしてしまったのだ。


 しばらくふたりきりにしてくれと頼み込む。

 ロザリーが退室したあと、コンスタンタンは片膝をついてリュシアンの手を握った。


「アン、すまない」

「え?」

「母を病で亡くしたせいで、つい、神経質になってしまった。いつも、アンは元気だから、余計に心配してしまい……!」

「いいえ、謝らないでくださいませ! 今日は久しぶりの農作業で、わたくしも、いつも以上に張り切ってしまったのです」


 リュシアンはコンスタンタンの手に、もう片方の手を重ねる。


「すぐに、元気になりますので」

「そうだな」


 大事があってはいけない。念のため、医者を呼んで診てもらった。

 結果は、異常なし。

 コンスタンタンはホッと胸をなで下ろす。


 リュシアンが健やかであり続けるならば、命すら差し出しても構わない。

 それくらい、コンスタンタンはリュシアンの健康を願っていた。


 それなのに、リュシアンは翌日も体調不良で寝込んでしまった。

 昨日同様、医者を呼んでも特に異常はないと言われる。

 原因不明の病気ではないか。

 不安になるあまり、その日のコンスタンタンは眠れなかった。

 次の日は休日だったので、リュシアンの看病を名乗り出る。

 彼女が望むものは、なんでも叶えよう。そんな心意気だったが、二時間後にはロザリーから「アン奥様がゆっくりお休みになられないので」と言われ、追い出されてしまった。


 それから一週間、リュシアンの具合は快方に向かうことはなかったのである。


 リュシアンが元気でないと、アランブール伯爵家は太陽を失ったように暗くなった。

 今朝方も、好物の料理が食べられずに吐いてしまった。

 日に日に痩せ細るリュシアンに対して、コンスタンタンができることは多くない。

 大丈夫だと励まし、見舞いの果物を差し入れ、王の菜園の様子を報告して聞かせるばかり。

 何もできないコンスタンタンは、王都の大聖堂で祈りを捧げていた。

 帰りがけに、コンスタンタンは市場で果物を買う。

 リュシアンは食欲がなく、料理はほとんど食べない。しかしながら、酸味が強い果物はよく食べるのだ。

 柑橘系の果物やリンゴを買い、帰宅する。


「あら、コンスタンタンさんではありませんか」


 義母であるクリスティーヌが、リュシアンを心配しやってきてくれたようだ。


「遠路はるばる、ありがとうございます」

「コンスタンタンさん、どうしてあなたまで、痩せ細っているのです?」

「その……アンが、心配で」

「誰だって、最初はああなるのだから、あなたはどんと構えていなさいな」

「最初はああなる?」

「ええ。妊娠初期は、だいたいあんなものですよ」

「にん、しん?」

「ええ、間違いないでしょう。リュシアンの体調不良は、妊娠初期の症状です」


 コンスタンタンは手にしていた果物の袋を、ぼとりと落としてしまった。

 コロコロと、リンゴが転がっていく。


 無表情で拾い上げ、クリスティーヌに深々と頭を下げる。

 そして――全力疾走でリュシアンのもとへと向かった。


「アン!!」

「コンスタンタン様!!」


 リュシアンも、クリスティーヌから話を聞いたのだろう。

 両手を広げたので、コンスタンタンはリュシアンを抱きしめる。


「よかった、本当に、よかった!」

「ええ!」


 原因不明の、不治の病かと思っていたのだ。

 それは間違いで、体調不良は妊娠初期の悪阻だという。


「今の時期は、妊娠だと診断することは難しいようです」

「だったら、なぜわかったのだ?」

「母の勘です」


 リュシアンの体調不良は、すべてクリスティーヌが妊娠初期に罹ったものだという。

 間違いないと、言っていたのだとか。


「でも、まだはっきり妊娠しているとわかったわけではないので、皆様に報告するのは、安定期に入ってからのほうがいいかな、と」

「そうだな」


 新しい家族が誕生する。

 信じがたいような奇跡だと、コンスタンタンは思った。


 人生の中で、今以上に安堵し、喜んだことなどないだろう。

 コンスタンタンは柄にもなく踊り出したくなるほど、リュシアンの懐妊を嬉しく思っていた。


「どんな子が、生まれてくるのでしょうか?」

「楽しみだな」


 夫婦は幸せに包まれる。

 子どもの誕生について、楽しげに語り合った。



挿絵(By みてみん)

王の菜園の騎士と、野菜のお嬢様のコミカライズ第8話が公開されました。


http://hobbyjapan.co.jp/comic/series/saien/

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