ロザリーの結婚 後編
ロザリーはリュシアンが王宮勤めをする間、王の菜園の園長となったシルヴァンの世話役を行う。
とは言っても、シルヴァンに与えられた屋敷には、使用人が多くいた。ロザリーはその中で、仕事を探さなくてはいけない。
もしも、仕事がなかったらどうしよう。
そんな考えは、杞憂に終わった。
シルヴァンは脱いだものはそのまま、出したものは放置。丸めた紙はその辺に捨て、必要なものもたまに床に落として紛失するという――散らかしの天才だったのだ。
昼間は使用人の入室を嫌がるというので、ロザリーの出番となったわけである。
◇◇◇
あっという間に、季節は過ぎ去っていく。
シルヴァンが王の菜園の園長となってから、半年が過ぎた。
相変わらず、シルヴァンは散らかしの天才であった。
「シルヴァンさん! また、こんなに散らかして」
「悪いな、ロザリー」
シルヴァンは眩いくらいのいい笑顔で、ロザリーに謝罪する。
わざと散らかしているのではと思うくらいの、満面の笑みだったのだ。
「明日から三日間、リュシアン奥様と王妃様が王の菜園にいらっしゃるので、私はここには来ないですからね」
「ロザリー来ないなら、やる気起きないな」
「どうしてそうなるんですかー!」
気合い注入! ロザリーはそう叫び、シルヴァンの背中を叩いた。
シルヴァンは笑いながら、「やばい、本当に頑張れそう」と呟いていた。
王女との入れ替わり事件から数年経ち、シルヴァンはずいぶんと明るくなった。
亡命を受け入れてくれた国王のおかげだろう。
シルヴァンが毎日笑顔でいられますようにと、祈らずにはいられない。
いつか、シルヴァンも結婚するだろう。
もしかしたら、妻となる女性が散らかし癖を矯正してくれるかもしれない。
そうなったときには、喜んでお役目を辞退しなければ。
シルヴァンの結婚や、散らかし癖が直るのは喜ばしいことである。
それなのに、ロザリーの心の奥底が、ツキンと痛んだ。
喉に刺さった魚の小骨のように、痛みはなくならない。どうしたものだと、ロザリーは考え込む。
答えは、いつになっても浮かんではこなかった。
◇◇◇
王の菜園で働く人々は、どこかソワソワしている。
というのも、もうすぐ王の菜園で収穫祭が行われるのだ。
収穫祭はコンスタンタンとリュシアンが結婚した年に初めて開催され、昨年は大変な盛況であった。
目玉は楽団を招いて野外で行われる、星空の下で踊るダンスである。
実りの祭りであることとかけて、ダンスに誘った女性は将来を誓い合いたい相手であると主張するような意味合いがあるのだ。
男性側は意中の女性を誘いたい。
女性側は意中の男性に誘われるかもしれない。
そんなことを考えているので、落ち着かない気持ちとなっているのだ。
ロザリーには、無縁のイベントだと思っていた。
三日間、シルヴァンのところに行かないと宣言したが、休憩時間に暇ができてしまった。
ロザリーはリュシアンや王妃と共に作ったニンジンケーキを持って、シルヴァンのもとへ向かった。
部屋に行く前に、外から部屋を覗き込む。きっと、散らかし放題になっているに違いない。
「――え?」
シルヴァンの部屋は、きれいだった。
誰かが、掃除をしにやってきたのか?
しかし、次なる瞬間、シルヴァンは丸めた書類をきちんとゴミ箱に放り込んでいた。
いくら言っても、しなかったのに。
頭上に大量の疑問符を浮かべつつ、ロザリーはニンジンのケーキを胸に抱いてシルヴァンのもとへ行く。
迎えた秘書が、しばし待つようにロザリーを止めた。
だが、今すぐ確認したいと思って、ずんずんと突き進んでシルヴァンの部屋を目指す。
問答無用で、扉を開いた。
ゴミのひとつすら落ちていない部屋で、シルヴァンは驚いた顔でロザリーを見つめていた。
「シルヴァンさん、どういうことですか?」
「ど、どうって――」
「整理整頓、できるじゃありませんか! どうして、わざと散らかしていたのですか?」
追求する声が、震えてしまう。眦にも、涙が浮かんだ。
ロザリーはシルヴァンを思って、掃除していた。それなのに、部屋を散らかしていたのはわざとだったのだ。
「もしかして、わ、私が嫌いで、散らかしていたのですかー!?」
「ち、違う! ロザリー、誤解だ!」
シルヴァンはロザリーのもとへとやってきて、零れた涙を拭ってくれた。
「ごめん、ロザリー。傷つけるつもりはなかったんだ。すべて、俺が、悪かった」
「ど、どういうことなのか、説明、してください」
「する。するから、泣かないでくれ」
「これは、勝手に流れるんですよお……」
ロザリーを泣き止ませようと、シルヴァンは優しく背中を撫でてくれた。
泣き止んでから、やっと事情を説明してくれる。
「俺、ロザリーと一緒にいたくて、わざと部屋を散らかしていたんだ。ロザリーが文句を言いながら片づけるのが、可愛くて、嬉しくて……。でも、浅慮な考えだった。本当に、申し訳ないと思っている」
ロザリーは何も返さず、頬を膨らませていた。
「ロザリー、ゴメン!! 本当に、俺が悪かった!! 許してくれ!!」
「シルヴァンさんは、可愛い子がいたら、みんなにお掃除を頼むのですか?」
「いいや、それは違う! こんなことをしたくなるのは、ロザリーだけだ」
その言葉を聞いて、ロザリーは許してあげることにした。
もうしないと約束して。
散らかし癖がなくなれば、ロザリーがここに来なくてはいけない理由はなくなる。
胸がツキンと痛んだ。
話は終わったのに、シルヴァンはロザリーをジッと見つめていた。
「な、なんですか?」
「言いたいことがある。今、いいか?」
「えっと、はい。どうぞ」
シルヴァンは頷いたあと、深呼吸していた。
そして、ロザリーの手をぎゅっと掴み、想像もしていなかったことを口にする。
「俺、ずっと、好きだったんだ!」
「へ?」
「三年前から、ずっと、ロザリーに片思いしていた」
「え、う、嘘だー!」
「嘘じゃない。笑顔が可愛くて、明るくて、優しくて。そんなロザリーを、好きにならないわけないだろうが」
まったく気づいていなかった。三年前は、完全に弟のように接していたのだ。
シルヴァンのほうが、情緒が発達していたわけである。
「それで、そのー、なんだ」
「ん?」
「ロザリーに、お願いがある」
「なんでしょうか?」
「収穫祭の、星空のダンスを、一緒に踊ってほしい」
それはつまり、将来を約束してほしい、という意味である。
ロザリーはそれに気づくと、カーッと顔が熱くなっていくのを感じた。
「わ、私――」
「他に、好きな人がいるのか!?」
そう問いかけられた結果、ロザリーの脳裏に浮かんだのはシルヴァンであった。
どうやら、ロザリーもまた、シルヴァンのことが好きだったようである。
今になって、気づいた。
「ロザリー、答えを、聞かせてくれ」
「私も、シルヴァンさんが、好きです」
その瞬間、ロザリーは抱きしめられる。
子どもみたいに、シルヴァンは「やったー!」と喜んでいた。
◇◇◇
収穫祭の当日――ロザリーはリュシアンからもらったドレスを纏い参加する。
美しく輝く星空の下、ロザリーはシルヴァンとダンスした。
お似合いのカップルを、周囲の者達は祝福するように見守る。
遠くで見つめるコンスタンタンは、父のような表情でこくこくと頷いていた。
リュシアンも、娘を見つめる母のような目を、ロザリーとシルヴァンに向けていた。
ロザリーはシルヴァンと星空の下で踊りながら、将来を誓い合ったのだった。
 




