ロザリーのひとりごと
先月、兄が結婚した。
村の礼拝堂で、大勢の人達に祝福されて、幸せそうだった。
結婚相手は、隣村の一番の美人。我が兄ながら、よくぞ射止めたなと。
ファンクラブがあるような、高嶺の花的な女性だったようだ。
たくさんの男性から求婚されていたようだけれど、最終的に選んだのは平々凡々な兄だったという。
感動的な式だったけれど、近所のおばさんに、「次はロザリーちゃんの番ね」なんて言われた瞬間、スーッと、胃の辺りが冷えるような感覚に襲われる。
出会いがあり、求婚され、結婚する。
家庭を作り、子どもが生まれて、子育てをする。
それが、多くの人にとって、幸せの形だという。
いつまで経っても独身だと、「早く結婚なさいね」なんて言われてしまう。
結婚していないと、一人前ではないみたいな風潮があるようだ。
私は、いまだ結婚した自分を想像できないでいる。
私の輝かしい日々は、いつだってアン奥様とあった。
アン奥様から離れて、誰かと結婚し、子どもを産む――なんて未来は、正直に言えば望んでいない。
私はずっと、アン奥様にお仕えして、子どもがお生まれになったら、面倒をみたい。
それが、私の幸せの形である。
結婚なんて、しなくてもいい。私には、必要ない。
でもそれは、きっとおかしなことなのだろう。
おばさんは話を続ける。
王都にいい人はいないのか。
いないのならば、誰か紹介しようか。
子どもはなるべく早く産んだほうがいい。体力がもたない。などと、聞いていないことまでペラペラと喋り続けていた。
王都で私がどういう仕事をしているかという話は、いっさい興味がないのだろう。
結局のところ、誰も私を見ていないのだ。
それは私に近づく男達にも、当てはまる。
みんな、従順な妻になるか否かを判断した上で、私に声をかけているのだろう。
アン奥様にしているような態度を、結婚相手になんか取るわけがない。
私はアン奥様相手だから、誠心誠意お仕えしているのだ。
それを、結婚生活に求めるなんて、馬鹿げている。
などと、結婚にかんすることをここ数日ぐるぐる考えていたら、アン奥様に心配されてしまった。
「ロザリー、大丈夫ですか?」
兄の結婚式のために帰省してから、様子がおかしいという。
アン奥様は、お見通しだったわけだ。
「ごめんなさい。ここ数日は、話しかけるなオーラを漂わせていたので、放っていたのですが」
「あー、すみません。ついつい、結婚について考え込んでしまって」
「結婚、ですか?」
「はい。私も適齢期なので、周囲が早く結婚しろとうるさくて」
「まあ!」
隠していても、仕方がない。私はアン奥様に、正直な気持ちを伝える。
「私、アン奥様と離れるのは、嫌なんです。結婚、したくないんです。ずっとずっと、アン奥様と、アン奥様の大切な人達に、お仕えしたい」
我慢していたのに、涙がポロポロ流れてしまう。
アン奥様は、情けない私をぎゅっと抱きしめてくれた。
「ロザリー、大丈夫ですよ。ずっとずっと、傍にいてください」
「はい!」
恥ずかしいことに、アン奥様の胸の中でわんわん泣いてしまった。
ここ数日、溜まっていた言葉にできない感情が、涙となって一気に流れてしまったようだ。
「す、すみません。小さな子どもみたいに、泣いてしまいました」
アン奥様は眉尻を下げ、頭を優しく撫でてくれた。
そして、優しい声で、話し始める。
「ロザリーはずっと傍にいたから知っているでしょうけれど、わたくしも結婚なんて絶対したくないと思っていた時期がありました」
「ありましたね」
王の菜園にやってきた当初の話だろう。
アンお嬢様は結婚せずに、王の菜園で正式に採用されることを目指していた。
「でも、それからさほど経たずに、コンスタンタン様と結婚したいなんて思ったので、人生は何が起こるか、本当にわからないものだと思います」
「まあ、女性の心は秋の空のように変わりやすいみたいな言葉もありますしね」
「そうなんです」
「私も、いつか、やっぱり結婚したい! なんて言い出すかもしれませんね」
「ロザリーったら!」
結婚なんて絶対にしない!
そう主張していた私だったが、一年後には結婚していた。
アン奥様の言うとおり、人生は何が起きるか、わからないものである。




