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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
番外編

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堅物騎士と奥さまの、新婚……家族旅行 その四

 リュシアンは、すうすうと寝息を立てながらぐっすり眠っている。

 両親の問題が気がかりで、よく眠れていなかったのだろう。

 昨晩は、ロザリーと一緒の部屋にして正解だったのだ。


 愛らしい寝顔は、いつまでも見ていられる。幸せな時間であった。


 一時間くらい経っただろうか。

 風が冷たくなってくる。そろそろ起こしたほうがいいだろう。でないと、風邪をひく。

 そう思い、コンスタンタンはリュシアンの肩を軽く叩いて名前を呼んだ。


「アン、そろそろ起きたほうがいい」


 その声に、リュシアンは即座に反応した。パチッと瞼を開き、すぐに起き上がる。


「まあ、わたくしったら、コンスタンタン様のお膝で、深く眠っていたようですね」

「気にするな」


 そう言っても、リュシアンは頬に手を当てて恥ずかしそうにしている。

 太陽を見上げ、「一時間は眠っていたようですね」としょんぼりしながら呟いていた。


「コンスタンタン様、本当に、申し訳ありません。なんと、お詫びしていいものか」

「アンが私に身を委ねて、熟睡してくれたことを嬉しく思ったが」

「そ、そういうものなのでしょうか?」

「ああ、そういうものだ」


 いまだ照れ続けるリュシアンの頬を、コンスタンタンは優しく撫でた。

 リュシアンは目を細め、心地よさそうな表情を見せてくれた。


 先に立ち上がって、手を差し伸べる。リュシアンはそっと指先を重ねた。


 畑の畦道を歩いていると、リュシアンはあるものを発見する。


「コンスタンタン様、あそこに、アピオスのつるがございます!」

「アピオス?」


 聞いたことのない植物であった。


「アピオスは小さなジャガイモと言えばいいのでしょうか? この辺りならばどこにでも生えるような野草なんです」


 揚げたあと、塩をパッパッとまぶして食べるとおいしいらしい。

 通常は冬に実を付けるものなのだが、誰にも気づかれずにいたものだろう。

 もちろん、野草なので自由に採って食べていいのだ。


「お父様も、大好きですの」

「ならば、掘り起こして持って帰るか?」

「いいのですか?」

「ああ」

「では、その辺で農具を借りて参ります!」


 リュシアンは目にも止まらぬ速さで、近くにあった民家へと走って行った。

 一分と経たずに、スコップを二つ持って戻ってきた。


「コンスタンタン様、どうぞ」

「ありがとう」


 リュシアンはしゃがみ込んで、アピオスの蔓を掴んだ。


「このように、蔓が枯れた頃が収穫期となるのです。一口大の実が、最大で五十個ほどついているときもあります」

「五十はすごいな。慎重に、掘り進める必要があると」

「はい、そうなんです」


 コンスタンタンはリュシアンと共に、アピオスを掘り起こす作業に取りかかった。

 想定以上に、土が硬い。だが、リュシアンは慣れた様子でザクザクと掘り進めている。 コンスタンタンも、後れを取らないよう、土を砕くような勢いでスコップを叩きつけた。

 ある程度掘ると、実が次々と出てくる。分かれた根に実を付けるのではなく、ネックレスのように連なっていた。


「これで、最後みたいですね」

「かなりの量だな」

「ええ」


 数えてみたところ、一本の根に四十三個ほどの実が付いていた。


「お父様も、お喜びになるかと」

「そうだな」


 ふと気づけば、太陽は傾き、あかね色になっている。


「コンスタンタン様、早く戻りませんと、真っ暗になってしまいますわ」


 フォートリエ領の太陽は、あっという間に姿を地平線に隠してしまうという。

 小走りで、フォートリエ邸を目指すこととなった。

 思いがけない土産と共に、コンスタンタンとリュシアンは帰宅する。


 食事を終えたあと、コンスタンタンはリュシアンと共に台所に立つ。

 採ってきたアピオスを、これから調理するのだ。


 まず、土を丁寧に洗い落とし、根を取り除く。


「これを、皮のまま揚げるのです」


 水分を布で拭き取ったアピオスを、油で満たされた鍋に入れた。

 ジュワジュワと、音を鳴らしてアピオスは揚がっている。

 油にぷかぷか浮いてきたら、中まで火が通ったという証である。

 丁寧に掬い取り、油を切った。そこに、塩を振っておく。


「アピオス揚げの完成です」


 揚げたてを、味見してみる。

 皮付きのまま、口に放り込んだ。

 表面はカリッカリ、中はホクホク。噛んでいると、ほのかに甘みを感じる。

 野生種とは思えないほど、おいしかった。


「たしかにこれは、酒に合いそうだ」

「でしょう?」


 さっそく、酒を飲んでいるフォートリエ子爵とグレゴワールのもとに運んだ。


「おお! アピオスではないか! 季節外れだが、よく見つけたな」

「ええ、わたくしも驚きました」


 フォートリエ子爵は嬉しそうに、アピオスを食べる。

 一方で、野生種だと聞いて訝しげな表情を浮かべるグレゴワールであった。


「父上、とてもおいしかったですよ」

「コンスタンタン、お前はもう食べたのだな。おいしいというのであれば……」


 グレゴワールはアピオスを口にした途端、表情がパッと明るくなる。聞かずとも、おいしかったというのはわかった。


「どれどれ、コンスタンタン君も一杯」

「リュシアンさんも、どうかね」


 フォートリエ子爵とグレゴワールのすすめで、コンスタンタンとリュシアンも仲間入りすることとなった。


 一時間後――。


「ぐう……」

「むにゃ……」


 酒に酔って眠るフォートリエ子爵とグレゴワールの姿があった。

 コンスタンタンも、酔っている自覚があった。顔も、真っ赤になっていることだろう。もう、一滴たりとも飲めない。

 そんな中で唯一、一切顔色を変えずにいるリュシアンがいた。


「アンは、酒に強いのだな」

「えっと、あまり飲んでいないので……」


 謙遜していたが、少なくともコンスタンタンと同じ量を飲んでいる。

 意外な一面を見てしまった日の話であった。 

 

挿絵(By みてみん) 

書籍版『王の菜園の騎士と、野菜のお嬢様2』、本日5月23日発売となります!

80ページ以上の書き下ろしがございます。

お楽しみいただけたら幸いです。

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