堅物騎士と奥さまの、新婚……家族旅行 その二
フォートリエ領では、リンゴの樹が花盛りであった。
風が吹く度に、美しい花びらがはらり、はらりと舞い散る。
「コンスタンタン様、あの辺りにあるリンゴの樹は、フォートリエ子爵家のもので、子どものときはリンゴをもぎにいっていたのですよ」
「そうだったのか」
太陽の日差しは柔らかく、風も温かい。絶好の散歩日和である。
リュシアンと共にゆっくり花見をしたかったが、背後より声がかかった。
「コンスタンタンさん、リュシアン、早く家に行きますよ」
クリスティーヌのひと声で、コンスタンタンは我に返った。
これは新婚旅行ではなく、家族旅行であると。
フォートリエ邸まで続く小高い道を、リュシアンと手と手を握ってあがっていった。
リュシアンの父フォートリエ子爵は、玄関前で待ち構えていた。
グレゴワールと握手を交わし、コンスタンタンとリュシアンには抱擁をしてくれる。
あたたかな出迎えである。
だが、クリスティーヌと交わした視線の間には、火花が散っていたように思えた。
大丈夫なのか。心配である。
客間に案内され、軽食が振る舞われた。
「温室で育てたキュウリを使ったサンドイッチだ。ぜひとも、味わってほしい」
時間が経てばパンが水分を吸っておいしくなくなるという、キュウリサンド。使用人泣かせのひと品である。
キュウリサンドを食べたら、もてなしの実力がわかるとも言われていた。
本来、キュウリの旬は夏である。しかし、フォートリエ家では、一年中客人にキュウリサンドを振る舞うために、ガラス張りの温室で栽培しているようだ。
コンスタンタンはお言葉に甘えて、キュウリサンドを手に取って頬張った。
パンはしっとり。キュウリは驚くほどシャキシャキしていた。パンとキュウリの間に塗ってあるマヨネーズも、すばらしくおいしい。
「コンスタンタン君、どうだろうか?」
「とても、おいしく思います」
「そうだろう、そうだろう!」
フォートリエ子爵は自慢のキュウリサンドが好評で、上機嫌となった。
そんなフォートリエ子爵に、釘を刺すのはクリスティーヌである。
「キュウリ如き、あまり、自慢するようなことではないかと」
「な、なんだと!? 今、なんと言ったのだ!!」
「キュウリ如きで、自慢しないでいただけますか、恥ずかしい」
クリスティーヌは語気を強めて、フォートリエ子爵にぴしゃりと言う。
「クリスティーヌ、お前はさんざん王都で遊びほうけて、私が社交期で王都に行ったときはいい顔をしなかったのに、どういうことなんだ!?」
「あなたの場合は、お遊びが過ぎたから、ですよ」
軽い言い合いが、夫婦喧嘩へ発展する。
グレゴワールはすっかり萎縮し、気配を消していた。コンスタンタンも、仲裁してもいいのかわからない。
このままではいけないだろう。控えめに、声をかける。
「その、二人共、落ち着いて――」
コンスタンタンが勇気を振り絞って声をかけるも、二人には届いていない。
どうすればいいのか。そう思った瞬間、リュシアンが立ち上がる。
何を思ったのか、サンドイッチが置かれ、すっかり空となった銀のプレートをテーブルに叩きつけて、両親を黙らせたのだ。
「お父様もお母様も、お客様の前で恥ずかしい。個人的な話があるのならば、別室で話してはいかが?」
圧のある笑顔で、リュシアンはフォートリエ子爵とクリスティーヌの夫婦喧嘩を止めた。
「いえ、二人きりで、話さないほうがよいですわね。お互いに、不満があるのならば、この場ではっきりとおっしゃったらどうでしょう?」
リュシアンの言うとおり、誰もいないところでの喧嘩となれば、ヒートアップしてしまうだろう。グレゴワールも、気配を薄くしながらコクコクと頷いている。
「では、お父様からおっしゃってくださいな」
「私からか」
「ええ」
注目を浴びたフォートリエ子爵は、気恥ずかしそうにぽつりぽつりと話し始める。
「いや、親戚の集まりで、妻に逃げられたとか、愛想を尽かされたとか言われてしまい、違うと言っても信じてもらえず……」
「まあ! そうでしたのね。悪いことをしました」
あとは、クリスティーヌがいなくて、寂しい上に心細かったと小さな声で告げた。
すると、クリスティーヌは珍しく、赤面しているようだった。
「そうだったら、早くおっしゃってくれたらよかったのに」
「いや、そんなの、恥ずかしいだろうが」
ピリピリしていた空気が、和らぐ。
「お母様は、どのように思っていましたか?」
「私は、単純に王の菜園での暮らしが楽しくて、若いときになかった青春を過ごしているような気分になり、ついつい、女主人としての役割を失念しておりました」
クリスティーヌは頭を深々下げ、フォートリエ子爵に謝罪した。
「いや、謝るな。お前は、子どもを八人も産み、自分の時間などあってないようなものだっただろう。これからも、好きなだけ王の菜園で過ごせ。ただ、月に一度は、ここに帰ってきてほしい」
「あなた……!」
フォートリエ子爵は、寛大な態度をもってクリスティーヌに接する。
二人はすれ違いののちに、険悪になっていただけのようだ。
その後、互いに謝罪しあう。しっかり仲直りできたようだ。
当初の問題が解決し、ホッとするコンスタンタンとリュシアンであった。




