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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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堅物騎士は、野菜のお嬢様と結婚する

 ついに、コンスタンタンとリュシアンは結婚式の当日を迎える。

 フォートリエ子爵家より、リュシアンの家族が駆けつけてくれた。

  父親であるフォートリエ子爵とは、久しぶりの再会である。ロイクールの誘拐事件以来であった。長く手紙を交わしていたが、久しぶりに会うと緊張してしまう。


「アランブール卿、いいや、これからはコンスタンタンと呼ばせてもらおうか。元気なようで、何よりだ」


 差し出された手を、ぎゅっと握りしめる。毎日クワを握っているというフォートリエ子爵の手は、力強かった。


 フォートリエ子爵はリュシアンとクリスティーヌが席を外したのを見計らうと、ロイクールの近況について教えてくれた。


「彼は現在、父君の秘書をしているようだ。リュシアンとの一件で、目が覚めたのだろう。真面目に働いているみたいだ」

「そうだったのですね」


 ロイクールについては、いまだ許せない気持ちがある。リュシアンが誘拐された日の記憶が甦れば、はらわたが煮えくりかえるような思いとなった。


「もう二度と、彼が目の前に現れることはないだろう。安心してほしい」

「はい」


 十年、二十年と経てば、ロイクールに対する激しい怒りは収まるだろうか。わからない。

 互いに関わらないように暮らすのが、一番であることは確かである。


「すまないな。結婚式の日に、こんな話をしてしまい」

「いえ……。彼については、心の片隅で気になっていたので」

「何か、楽しいことを話そう」

「でしたら、リュシアンさんの子ども時代の話を、聞かせていただけますか?」

「いいだろう」


 それからしばらく、コンスタンタンはフォートリエ子爵から愛らしいリュシアンの幼少期についての話を聞いた。


 一時間ほどで話を切り上げ、コンスタンタンも身支度を調える。

 国王陛下より賜った正装に、身を包んだ。

 不思議と、いつも以上に背筋が伸びる。

 前髪を整髪剤で撫で上げ、髭も改めてしっかり剃った。

 フォートリエ子爵を前にしているときとは異なる緊張が、コンスタンタンを襲っていた。


 鏡の向こうに映るコンスタンタンは、以前よりも表情がやわらかくなっているような気がする。

 リュシアンがきてくれたおかげで、カチコチに固まっていた表情筋は柔軟になったのかもしれない。


 思えば、これまでいろいろあった。

 リュシアンとは、出会いから衝撃的だったのだ。

 畑の野菜を食べるウサギを、全力疾走でおいかけてコンスタンタンの目の前で捕まえたのだ。

 それから、彼女は言った。


 ――このウサギ、ミートパイにしてやりますわ!


 おっとりとした雰囲気の美女が発した、衝撃的な一言であった。

 振り返ってみると、コンスタンタンはあの瞬間にリュシアンに恋に落ちたのだろう。


 溢れんばかりの生命力と強さを感じ、惹かれたのかもしれない。

 そんなリュシアンは奇跡的にコンスタンタンと思いを同じくし、今日、夫婦となる。

 こんなに嬉しいことは、他にないだろう。


 考え事をしているうちに、声がかかった。


「コンスタンタン様、そろそろお時間です」

「ああ」


 結婚式は、アランブール邸のエントランスで行われる。入り口付近にステンドグラスがあるので、礼拝堂のような雰囲気なのだ。

 エントランスへ向かうと、参列者が拍手で出迎えてくれた。

 前列には父グレゴワールの姿があった。今まで見たこともないくらい、緊張の面持ちである。もしかしたら、コンスタンタンよりも緊張しているのかもしれない。

 目と目が合うと、胸に手を当てて落ち着け、落ち着けと伝えるかのような動作を取っていた。まずは、グレゴワールのほうが落ち着いてほしい。同じような挙動を返すと、グレゴワールは笑っていた。

 国王と王妃も、参列してくれた。

 国王はコンスタンタンに向かって、ぱちんと片目を瞑る。それを見て、同じように王妃も左目を瞬かせていた。

 夫婦二人で、コンスタンタンをからかっているのだろう。

 コンスタンタンが黙礼を返すと、王妃は噴き出して笑っているようだった。国王も、つられて笑う。

 他にも、多くの知り合いが参列してくれていた。ありがたい話である。

 祭壇の前に神父がやってきた。

 王の菜園にある、時間を知らせる鐘が鳴り響く。

 結婚式が始まる合図だろう。


 扉が、開かれた。

 リュシアンとフォートリエ子爵が入場する。

 太陽の光を浴びたステンドグラスが、婚礼衣装に美しい模様を映し出す。

 祭壇まで続く赤絨毯の道のりを、リュシアンとフォートリエ子爵は一歩、一歩と進んでいた。


 婚礼衣装を纏うリュシアンは、息を呑むほど美しかった。

 リュシアンみたいな女性を妻に迎えられるなど、世界一の果報者だろう。

 コンスタンタンはリュシアンに見とれながら、そんなことを考える。


 リュシアンはフォートリエ子爵と別れ、コンスタンタンのもとへと歩み寄る。

 婚約を結んでから、ずいぶんと長かったような気がした。


 楽しいことばかりではなかった。

 苦難もあった。

 涙も、流したような気がする。


 けれど、すべてリュシアンと手と手を取り合い、解決してきた。

 これから先、何が起こっても、リュシアンと一緒ならば乗り越えられるだろう。


 神父の前で愛を誓い、コンスタンタンとリュシアンは正式に夫婦となった。


 ◇◇◇


 夜――コンスタンタンの寝台に、リュシアンが背筋をピンと伸ばして座っていた。

 初夜である。


「コンスタンタン様、いかがなさいましたか?」

「いや、アンに不必要に近づいてはいけないという期間が長すぎて、触れようとすると脳内にいるアンの母君が怒っているように思えてならないのだ」

「まあ、コンスタンタン様の脳内に、お母様がいらっしゃるのね!」


 婚約期間、長きにわたりリュシアンを守ってくれたのは、他でもないクリスティーヌである。深く、感謝しないといけない。


「これからは、どうかお気になさらず。どうか、好きなだけ、わたくしを――」


 長い夜が、始まる。


 王の菜園の騎士は、野菜のお嬢様と結婚し、世界一幸せな夫婦となったのだった。


 ◇◇◇王の菜園の騎士と、野菜のお嬢様 完◇◇◇

最後までお付き合いいただき、ありがとうございました。

完結となりますが、今後は番外編を更新する予定です。どうぞよろしくお願いいたします。


ありがたいことに、王の菜園の騎士と、野菜のお嬢様は書籍化したうえに、コミック化もされました。

オファーがあったのは、リュシアンの誘拐事件を連載していたあたりです。

物語はリュシアンを救出し、コンスタンタンと正式に婚約して、結婚する。めでたしめでたし、で終わる予定でした。

想定外の書籍化とコミカライズに、物語を引き延ばして、宣伝のための連載を続ける必要がありました。

正直に申しまして、大変でした。当初の予定では、完結しているつもりだったので。

引き延ばしは、出版社様に指示されたわけではなく、自分の判断で行いました。

書籍化とコミカライズをしていただく作品ですので、連載を続けることが最大の宣伝になると思ったからです。

このまま結婚させずに、二巻が発売したあとも連載を続けたほうがよいことは重々承知の上なのですが、これ以上連載のネタがなく、いったん完結にして、番外編にしたほうが物語の幅が広がるかなと思い、このような形を取りました。

何か、読みたいエピソードがございましたら、リクエストいただけると嬉しいです。


物語にお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。

引き続き、王の菜園の騎士と野菜のお嬢様の物語を、よろしくお願いいたします。

そして、5月23日に発売します2巻も、お手に取っていただけたら幸いです。


挿絵(By みてみん)

2巻口絵より、ソレーユ

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