堅物騎士は、お嬢様の発言にたじたじになる
今日一日、コンスタンタンは男子学生五人を相手に、勉強を教えたり、剣術指南を行ったりした。
慣れない仕事だったが、生徒は皆素直で、指導しやすかった。
かつての部下達のほうが、まだ手がかかったくらいである。
しかしながら、スムーズに事が進んだのは、コンスタンタンに指導力があるわけではなかった。
彼らのリーダー格であるエリクが、きちんとコンスタンタンに従っていたからだろう。残りの生徒は、それに倣っていただけに過ぎない。
心の中で、エリクに深く感謝していた。
生徒を受け入れ、実習を行ったことは、コンスタンタンにとっても勉強になった。
今後、部下を指導するときにも、今日の経験を活かしたい。
あっという間に一日は終わろうとしていた。
穏やかな日だったと、リュシアンと話してあとは眠るだけだと思っていた。
しかしながら、やってきたリュシアンはいつもと様子が違っていた。
普段であれば、ロザリーを伴っているのに、今日は一人であった。異なる行動は、それだけではなかった。
リュシアンは毎回、コンスタンタンの向かいに座る。それなのに、今日は隣に座りたいと望んだのだ。
何か、悩みでもあるのだろうか。心なしか、表情が暗い。
大きな声でできない、相談事でもあるのかもしれない。そう思って、リュシアンがいいのならば座るように促す。
結婚するまでは、ある程度距離を取らなければ。
クリスティーヌがやってきてからは、さらに強く考えるようになった。
リュシアンが一歩、一歩と近くにくるたびに、「まだ結婚はしていませんからね!」というクリスティーヌの怒りの形相が思い浮かぶのだ。
リュシアンはゆっくり、ゆっくりと接近し、手を伸ばせば届く位置までやってくる。
ここでも、彼女は想定外の行動に出た。
リュシアンはコンスタンタンに密着するような位置に腰掛けたのだ。
普段であれば、拳三つ分は間隔を空けている。
それなのに、今日は何もせずとも触れ合うような位置に座った。
幸せを感じるより先に、「結婚前の男女が密着するなど、はしたない!」と怒鳴るクリスティーヌが思い浮かんだ。
その瞬間、ビクリと肩をふるわせてしまう。
リュシアンはそれを、密着によるものだと思って謝った。
「あの、ごめんなさい」
「いや、いい。気にするな」
脳内にいるクリスティーヌは、角を生やして悪魔のように憤っている。
リュシアンからどうやって離れようか。いやしかし、このような機会は滅多にない。許されるならば、離れたくはない。
黙っていれば、バレないのではないか。そんなことさえ考えてしまったが、すぐさま脳内にいるクリスティーヌが怒り始める。
リュシアンには申し訳ないが、自然と距離を取らなくては。
咳払いをするついでに、少しだけ離れよう。拳三つ分とまではいかないが、最低でも拳一つ分くらいは離れなくては。
リュシアンは腰掛けたのはいいものの、なかなか話そうとしない。
コンスタンタンもつられて、身動きが取れなくなる。
触れている部分が、熱いような気がした。
このままでは、脳内のクリスティーヌを消し去り、リュシアンの手を握ってしまいそうだ。
そんなことなど、あってはならない。コンスタンタンは邪念を追い払い、リュシアンに声をかける。
「アン、今宵は、どうしたというのだ?」
リュシアンは明らかに様子がおかしかった。
悩みがあるのならば、相談に乗る。口は堅いので安心してほしい。
そう言おうとした瞬間、リュシアンは思いがけない発言をする。
「コンスタンタン様に、甘えたいなと思いまして」
リュシアンの頬が、だんだんと薔薇色に染まっていく。
コンスタンタンのほうに向けられた瞳は、うるうると潤んでいた。
何か、コンスタンタンに都合のよい言葉が聞こえたような気がした。
そう思って、震える声で聞き返す。
「あ、甘える?」
「はい。三分だけでいいので、わたくしのことだけを、考えていただけますか?」
三分と言わず、リュシアンがここに来た瞬間から、ずっと彼女のことだけを考えていた。
いったい、どういう意味なのか。
リュシアンは、コンスタンタンに甘えたいと言った。
普段であれば、絶対に口にしないような言葉である。
「アン、何か、悩みがあるのか?」
思い詰めた結果、そのような発言をしたのではと心配になる。
しかし、リュシアンは首を横に振る。
彼女がコンスタンタンに甘えたいと言った理由は、思いもしないものであった。
「コンスタンタン様がエリクと仲良くするのを見て、羨ましく思ってしまったのです。わたくしも、エリクみたいに、コンスタンタン様に甘えたいなと」
その発言を耳にした瞬間、脳内にいる禁欲の妖精はいなくなる。
コンスタンタンはリュシアンを抱きしめた。
リュシアンもコンスタンタンの背中に腕を回し、ぎゅっと縋るように抱き返す。
甘やかすとは、具体的にどうすればいいのか。
よくわからなかったが、とりあえず頭を撫でつつ、「アンは、よく頑張っている。もっと、我が儘を言っていい」と囁いておいた。
すると、耳元で「はあ」という熱いため息が聞こえた。
その後は、黙ったまま密着する。
「ありがとう、ございます。幸せ、です」
甘やかすとは、これでよかったのか。
これ以上の密着は危険なので、離れた。リュシアンも、大人しく従う。
だが、離れても、リュシアンは危険な状態であった。
顔を茹だったように赤面させ、上目遣いでコンスタンタンを見ていたのだ。
眉尻を下げ、少々申し訳なさそうにしているのが、なんともいじらしい。
「コンスタンタン様、その、申し訳ありません」
「謝らなくていい」
なんと声をかけていいのかわからず、コンスタンタンは言葉を振り絞る。
「その、なんだ。今度は、私が、アンに甘えるから……」
いや、そういうことではないな、と思ったが、リュシアンに笑顔が戻る。
「わかりました。今度は、コンスタンタン様が、わたくしに甘えてくださいな」
存分に甘えていいと、リュシアンは言う。
果たして、どうやって甘えればいいものか。
次に機会があるときまで、真剣に考えようと思うコンスタンタンであった。




