堅物騎士は、義弟(※予定)と勝負する
エリクの宣戦布告に、真っ先に反応を示したのはリュシアンだった。
珍しく、目と眉をつり上げつつ、エリクを叱る。
「エリク!! あなたはコンスタンタン様に、なんて失礼なことを言っていますの!?」
「失礼? 結婚の誓いは、一族すべての者が納得しないと、成立しないのを姉上は知らないのか?」
たしかに、結婚式では神父が参列者に問いかける。この結婚に、異議のある者はいないかと。
異議ありと、叫ぶ者は今まで見たことはない。
しかし、結婚式の当日にエリクが異議を唱えたら、スムーズに進まないだろう。
「わかった。その挑戦とやらを、受けよう」
コンスタンタンの言葉を聞き、エリクは満足げに頷く。
一方で、リュシアンは眉尻を下げてコンスタンタンに訴えた。
「コンスタンタン様、弟の言うことを、真に受けないでくださいまし」
「大丈夫だ、アン。私に、任せておけ」
「しかし、しかし――」
「姉上、邪魔しないでくれ。アランブール卿、準備をしに行くから、首を洗って待っていろよ!」
エリクはそう叫び、部屋から飛び出していった。
いったい何を、用意するのやら。
リュシアンは顔を俯かせ、ふるふると震えているようだった。
「アン?」
「ごめんなさい。生意気な弟で」
「気にするな。騎士隊の部下のほうが、百倍生意気で、憎たらしいことばかり言っている。ああいうのは、可愛いものだ」
「そう、なのですか?」
「ああ」
気になるのは、勝負の内容である。
「学力試験であれば、少々危ないかもしれない」
ここで、リュシアンはハッとなる。
「どうした?」
「エリクは、先月にあった試験で、学年首位を取ったと、母が話していた気がします」
「そうだったのか」
まだ勝負が何かわからない。相手は学生なので、高い確率で学力試験だろうが。しかし、どんな内容であろうと、全力でやるばかりであった。
十分後、鞄を握ったエリクが戻ってくる。
「一回目の勝負は、学習会で配布された模擬試験を使って行う!」
リュシアンは顔色を青くさせ、コンスタンタンは「やはりそうだったか」と言葉を漏らす。
採点をさせるために、家令も引っ張ってきたようだ。
「制限時間は一時間。勝負だ!」
コンスタンタンはしぶしぶと答案用紙を受け取り、机についた。
こうやって、試験をするために机に向かうのは何年ぶりか。ため息をつきつつ、挑むこととなった。
一時間後――答案用紙は家令に託される。十五分後に、結果発表となった。
「では、発表いたします。まずは、エリク様から――百点満点中、九十六点です」
エリクは納得のいく結果だったからか、拳を天に突き上げて喜んでいた。
リュシアンは衝撃のあまり、その場に座り込んでしまう。
コンスタンタンはそんなリュシアンの体を支え、長椅子に座らせていた。
「続きまして、コンスタンタン様の点数は――百点満点中、九十九点です」
「は!?」
エリクは目が点となる。
「な、なん、ちょっ、ええ!?」
リュシアンはポンと手を叩き、喜ぶ。
「まあ! コンスタンタン様、すばらしいですわ!」
「いやいや、どうやったら、九十九点なんか取れるんだよ!」
「そういえば、忘れておりましたが、エリク、コンスタンタン様は士官学校で、首席でしたのよ!」
「は!? 士官学校って、国内の厳しい試験に受かったエリート中のエリートが通う学校じゃないか!!」
「そうなんです!」
コンスタンタンの学歴について、リュシアンはグレゴワールから聞いていたらしい。父親が自慢話をしていたとは、知らなかった。恥ずかしい気持ちを堪える。
「エリク、これで、わたくしとコンスタンタン様の結婚を、認めてくれますね?」
「いいや、まだだ! 僕が、第一回だと言ったのを、聞き逃していたのか?」
「エリク、もういいでしょう?」
「よくない!!」
そんなわけで、第二の勝負が行われる。
それは、思いがけない内容であった。
「第二回戦は、庭の雑草抜きだ!!」
リュシアンは額に手を当てて、「エリク……」と呆れたように呟いていた。
「同じ範囲の雑草を、全部抜いた者が勝ちだ!」
「わかった。受けて立とう」
決まった範囲をロープで囲んだあと、雑草抜き対決が始まった。
ここでも、連れ出された家令が審判をやらされる。
「では、よーい、はじめ!!」
エリクは素早く雑草を抜いていく。コンスタンタンも、負けるわけにはいかないと本気を出した。
そして――。
「終わり!!」
「終わった」
コンスタンタンとエリク、雑草抜きを終えたのは同時。
だが、抜いた雑草が入ったカゴの中を覗いてみると、勝敗は明らかだった。
「コンスタンタン様の勝ちですわね」
「ええ、間違いないかと」
「どうしてだよ!」
リュシアンはコンスタンタンが引き抜いた雑草を見せる。
「コンスタンタン様は、このように根っこから雑草を抜いています。しかし、エリクは、雑草をただ毟っただけです。毟るだけではすぐ生えてくるので、雑草を抜く意味はないのですよ」
「な、なんでだよ! そんなの、どこで習うんだよ!」
コンスタンタンはリュシアンに習ったのだ。休日はよく二人で、リュシアンの温室で雑草抜きをしている。
「なんだよ、それ! 年若い男女が、雑草抜きデートなんかするなよ!」
エリクの叫びは、アランブール伯爵家の庭に響き渡った。
当然、勝負はこれで終わりではなかった。
「最後は、料理対決だ!! テーマはじゃがいも!! 制限時間は、三時間だ!! 覚悟しておけ!!」
エリクはそう叫び、走って行った。
残されたコンスタンタンは、ポツリと呟く。
「料理は、困ったな」
「エリクったら……三回勝負で、二回負けているのに、どうして勝負を申し込んだのか……」
「一回でも、勝ちたかったのかもしれないな」
コンスタンタンは料理の経験は皆無である。何度かリュシアンの手伝いをした覚えはあったが、指示に従っていたばかりで作れるわけではない。
ジャガイモを握り、しばし考える。
「――あ!」
一つだけ、コンスタンタンにも作れる料理があった。
それは、コンスタンタンがもっともおいしいと感動した、ジャガイモ料理の一つである。
さっそく、調理に取りかかった。
最終対決の審査は、ちょうど通りかかった農業従事者に頼んだ。詳しい事情は話さずに、どちらかおいしかったほうを教えてくれと言っている。
「まずは、僕からだ!」
エリクが三時間かけて作ったのは、じゃがいもの冷製ポタージュである。
「ビジソワーズだ。存分味わえ!」
農業従事者はビジソワーズを匙で掬い、口に含んだ。
「おお! なんてなめらかなスープなのか! こんな上品なものは、初めて食べた!」
エリクは勝ち誇った表情で、コンスタンタンを見る。まさか、ここまでのものを仕上げてくるとは思わず、感嘆の声をあげてしまった。
続いて、コンスタンタンの番である。
農業従事者の前に出したのは、焼いたジャガイモにバターを載せただけのシンプルな逸品であった。
「は? なんだそりゃ」
あまりにもシンプルな料理に、エリクは拍子抜けしたようだった。
しかし、農業従事者は違った。
「おお!」
焼いただけのジャガイモを見て、明らかに嬉しそうな表情を浮かべている。
一口食べたあと、瞳をキラキラ輝かせながら言った。
「やっぱり、ジャガイモにバターは世界で一番うまい料理だー!!」
聞くまでもなく、勝者は決まった。
エリクは地面に手と膝をつき、叫んだ。
「負けた。っていうか、逆に、なんでアランブール卿みたいなできる人が、姉上なんかと結婚するんだーーーー!!!!」
その叫びと同時に、エリクの名を呼ぶ者が現れた。クリスティーヌである。
「エリク!! あなた、何をしているのですか!!」
「げ、母上!?」
エリクは逃げるが、クリスティーヌは容赦なく猛追する。
その様子を、コンスタンタンとリュシアンは微笑みながら眺めていた。




