お嬢様は、立食パーティーに挑む!
侍女の選考については、クリスティーヌとコンスタンタンにも話した。
姿を偽って相手の本性を探る行為について、もしかしたら怒られるかもしれない。そう思っていたが、二人の反応は意外なものだった。
「それが、いいのかもしれないですね」
クリスティーヌの言葉に、コンスタンタンも頷く。
「リュシアン、どうかしたのですか? ポカンとして」
「いえ、反対されるものだと思っていたので」
「通常であれば、反対します。しかし、王妃様の首席侍女という立場は、危ういものなのです。あなたの立場を利用しようと、目論む輩もこの先出てくるでしょう。私はずっとあなたの傍にいられないので、その点は心配しておりました。この先、王妃様を支えたいと思う心の優しい者の存在が必要となるでしょう。そういった人物を、どう探そうか悩んでいたのです」
思い切った作戦を、クリスティーヌは支持するという。
「考えたのは、ティエール侯爵夫人と言っていましたね」
「ええ」
「選考のときはどうなることやらと思っていましたが、彼女は真面目で、控えめで、王妃様のために力を尽くす稀なる人でしょう。どうか関係を、大事にしなさいね」
「はい」
コンスタンタンからは、想像もしていなかった提案を受ける。
「アン、私も、その立食パーティーとやらに、参加したいのだが」
「コンスタンタン様もですか?」
「ああ。少々、心配で」
心配という言葉に、リュシアンは首を傾げる。
王妃の首席侍女として参加するのであれば、繋がりを作るために大勢の人達に話しかけられるだろう。
立食パーティーでは、商家の娘という設定で変装しつつ参加する。
とくに、心配するほど交流を求められたりしないだろう。
「心配には及びませんわ。貴族の方々ばかりが参加する夜会で、わたくしを気にする者はいないでしょうから」
「わからない。アンは、その、特別な存在だから、気にする男がいるかもしれないだろうが」
「コンスタンタン様、その辺も、心配ご無用だと思いますが」
リュシアンの問題に、コンスタンタンを巻き込むのは申し訳ない。心配はいらないと言っても、コンスタンタンは引かなかった。
そんなコンスタンタンの気持ちを、クリスティーヌが解説する。
「リュシアン、痘痕も靨という言葉を、存知ないのですか?」
「そ、それは……!」
惚れてしまえば、欠点もすばらしいものとして捉える。コンスタンタンはそのような状態なのだと、クリスティーヌは言う。
コンスタンタンは「そんなことはない」と否定していたが、クリスティーヌは「はいはい」と言って取り合っていなかった。
「せっかくですので、二人揃って変装して参加し、あわよくば楽しんできたらいかがですか? 最近、働きづめですし、息抜きにもなるでしょう?」
クリスティーヌの言う通りである。
最近バタバタしていて、コンスタンタンと過ごす時間も減っていた。
それに、ティエール侯爵夫人がいるとはいえ、他は知らない人ばかりである。コンスタンタンがいれば、心強いだろう。
「えっと、でしたら、お言葉に甘えて、コンスタンタン様も、ご一緒に」
コンスタンタンは満足げな表情で、コクリと頷いた。
◇◇◇
あっという間に、立食パーティー当日となる。
リュシアンは地味で流行遅れな枯れ葉色のドレスに、茶色いカツラを被った。
ロザリーは悲しそうに、身支度を調えてくれる。
「ああ、不幸です。アンお嬢様を、地味に仕上げるなんて」
「いつもと違う恰好は、なんだか楽しくありません?」
「ぜんぜん楽しくないです~~」
目元には何も塗らず、唇はくすんだ薄紅色のリップを塗った。
髪の毛は、ただお団子にしただけ。貧相に見えるよう、後れ毛はこれでもかと出しておく。
青い瞳だけが目立つので、ぶあついレンズの眼鏡をかける。すると、印象に残らない色合いになった。
ロザリーは盛大なため息をつきつつ、リュシアンの前に姿見を持ってきながら言った。
「完成しました~~」
姿見の向こうに映ったリュシアンは、童話『灰被り姫』の主人公のようだった。
イメージ通りの、目立たなく印象に残らない恰好である。
「ロザリー、ありがとうございます。大変だったでしょう」
「いえいえ」
今日はロザリーは留守番である。本人はついて行きたいと望んだが、商人の娘という設定なので、侍女は連れていないほうがいいだろう。
コンスタンタンがいるからと説得し、家に残ってもらうことにした。
コンスタンタンも、変装しているという。いったい、どのような恰好で行くのか。
「アランブール卿の変装って、想像できないですね」
「ええ」
普段から、あまり目立つようなタイプではない。どういうふうに変装するのか、まったく想像できなかった。
廊下を歩いていると、背後より声をかけられる。
「アン嬢……か?」
「はい」
振り向いた先にいたのは、金色の長い髪を一つにまとめ、礼装に身を包んだ貴公子然とした青年である。
「コンスタンタン様!?」
「似合っていないだろう?」
リュシアンはぶんぶんと首を横に振る。
変装で金のカツラを被ったコンスタンタンは、とんでもなく華やかで垢抜けている姿だったのだ。
変装姿がここまでかっこいいとは。
リュシアンは口元に手を当てて、コンスタンタンに見とれてしまう。
「アランブール卿、意外な才能ですね……!」
ロザリーの言葉に、リュシアンはこくこくと頷いた。




