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堅物騎士は王の菜園の問題に気づく

 空は晴れ、寒くも暑くもなく、心地よい風がふんわりと漂う。

 いつもと変わらない、のどかな王の菜園の光景が広がっていた。

 コンスタンタンはいつものように、広場に日勤者を集めて朝礼を行う。

 今日は皆に、リュシアンを紹介した。

 リュシアンは丁寧に膝を折り、頭を下げて自己紹介する。


「はじめまして。フォートリエ子爵領からやってまいりましたリュシアンと申します。以後、お見知りおきを」


 完璧な淑女の礼をするリュシアンを前に、騎士と農業従事者は目を丸くしていた。

 フォートリエ子爵家から農業指導にくる話はしていた。けれど、このように可憐な女性がくるとは思ってもいなかったのだろう。

 皆、目を丸くしながらリュシアンを見ている。


「彼女は、フォートリエ子爵領で農業指導の任についていた。農作業のプロだ。何か困ったことやわからないことがあったら、教えを乞うといい」


 リュシアンがにっこりと微笑むと、皆だらけた表情となる。

 コンスタンタンが咳払いすると、ハッと我に返る者もいればデレデレの表情のままの者もいた。

 はあと溜息を一つ落とし、解散を命じた。


「わたくしは、どうしましょう?」

「執務室に、昨日一日の報告書がある。確認作業を手伝ってくれないか?」

「ええ、もちろんですわ」


 王の菜園の執務室は、畑の近くにある物置のような小屋だ。

 二十年前までは、立派な二階建ての建物があった。だが、突然起こった竜巻によって全壊し、その後再建設の予算は下りていない。

 二十年前の竜巻は、王の菜園の野菜もダメにしてしまった。

 飛び散ったガラスやゴミが散乱し、土から抉り出された野菜は腐ってしまう。

 数ヶ月かけて作った肥料も、完成する前に多くの水を含んで使えない状態になっていた。

 そこから畑が元の状態に戻るまで、約二年もかかったようだ。


「──その後、王の菜園は以前よりも重要視されなくなった」

「まあ、そうでしたのね」


 以前までは一日三回、厨房と王の菜園を行き来する騎士が野菜を受け取りに来ていた。

 今では、一週間のうちに一回か二回、野菜を受け取りにくるばかりだ。


「使わなかった野菜は、どうなっていますの?」


 その疑問の答えが、リュシアンのすぐ近くにあった。コンスタンタンはあぜ道に置かれた木箱を差し出し、説明する。


「そこにある野菜はすべて、処分を命じられている」

「まあ!」


 野菜は国王のために育てられている。国王以外が口にすることは、許されていない。

 リュシアンは木箱の野菜を覗き込み、出荷前の野菜の間違いでないか問いかけてきた。


「間違いなく、処分する野菜だ」

「そ、そんな!」

「そのまま捨てるというわけではなく、肥料作りに使われているようだが……」

「でも、せっかく大きく綺麗に育ったのに、もったいないですわ」


 リュシアンは朝方に収穫されたばかりのトマトを胸に抱く。

 それは、コンスタンタンも同じことを考えていた。瑞々しい野菜が土の中に埋められる様子を想像すると、罪を犯しているように感じる。


「種から芽吹き、太陽に向かって伸びる野菜を人が一生懸命に世話をして、大きく大きく育てます」


 人が食べた野菜は、命と化す。それが、正しい生の在り方だ。


「傷ついて売れない野菜は、個人で安く売買したり、野菜同士物々交換したり、子どものおやつにしたり、自宅で料理に使ったりするのですが」

「それは、許されていない。王の菜園の野菜は、王の財産だから」

「……」


 リュシアンは率直な疑問を口にした。


「野菜の利用について、国王様にかけあったことはありますの?」

「いや……どうだろうか。陳情書を調べてみよう」


 過去の陳情を遡って調べなければならない。

 王の菜園は五世紀もの歴史があるが、二十年前の竜巻によって資料や記録書は失われ、その後の二十年分しか保管されていない。


「ごめんなさい。突然、こんなことを申してしまい」

「いや、この件は、私も気になっていることだった」


 慣れない職場で忙しくしているうちに、後回しにしていた問題でもある。


「王都の下町では、食べ物に困っている市民もいる。その者が知ったら、国王に不信感を抱くだろう」

「ええ……」


 王の菜園ができて、数百年と経っている。その中で処分された野菜の量は、想像もしたくない。

 問題に気づいたからには、早々にどうにかしなければ。

 そんな話をしているうちに、執務室のある小屋に到着する。


「納屋……ですわね」

「否定はできない」


 王の菜園は国家予算により運営されている。勝手に出資し、建て直すことは許されていない。

 そもそも、アランブール伯爵家にそのような余裕はないが。

 城と見紛うほどの立派な屋敷を持っているが、領地から入る収入は多くなく税金を支払うだけで精一杯なのだ。贅沢は、これっぽっちも許されていない。


 建付けの悪い扉を力任せに開き、リュシアンを招く。


「散らかっているところだが──」


 通常、この言葉は謙遜する時に使う。しかし、執務室のある部屋は埃っぽく、物が雑多に置かれていた。

 内部は、部屋が一つあるばかり。壁にびっしりと本棚が並び、隙間がないほどギチギチに本が詰められている。これらが、王の菜園の資料や記録書だ。

 休憩室も兼ねているので、騎士隊に支給された装備や、騎士の私物、菓子などがある。それだけではなく、ゴミが床の上に捨てられていた。


「すまない。夜勤で使った者が、掃除をせずに帰ったようだ」

「……」


 リュシアンは顔面蒼白になっていたようだ。貴族令嬢を招くような部屋ではなかったらしい。


「けほ……けほ……」


 埃を吸ってしまったのか、リュシアンは咳き込む。

 コンスタンタンは、血の気が引く思いとなった。

 空気の入れ替えをしなくては。カーテンを開くと、窓に張り付いていた黒い虫が飛び出してきた。

 コンスタンタンは反射的に避けてしまう。

 その虫は、清潔な部屋にいるはずがないものだった。

 思いがけず、虫はまっすぐリュシアンのほうへと飛んでいく。

 目にした瞬間、叩き落せばよかったとコンスタンタンが思った時には遅かった。今から動いても、間に合わない。

 虫はリュシアンの真正面に飛んでいった。きっと、悲鳴をあげるだろう。そう思っていたが──予想外の展開となる。

 虫は叩き落された。リュシアンが手に持っていた本で。

 本の題名が、目に飛び込む。『熟れた体を持て余す公爵夫人』。

 部下の所持するいかがわしい本だった。テーブルの上に置いてあったものを、咄嗟に掴んだのだろう。

 本の題名に気を取られているうちに、ダン! と床を踏みつける音がした。

 なんと、リュシアンが虫をブーツの踵で踏み潰していたのだ。


「アン嬢……」


 リュシアンはにっこりと笑顔を浮かべて言った。


「アランブール卿、まずは、お掃除をしましょう」


 それは「拒否など許さん」と言わんばかりの、威圧感のある微笑みだった。

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