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堅物騎士は、女性達の戦場に戦々恐々とするその三

 続いて行われたのは、ジャガイモの皮剥きだった。

 当然、労働をしたことがない貴族女性達は「これは侍女の仕事ではないわ!」と憤って帰っていく。

 バカにしていると、リュシアンに罵倒する者もいた。

 リュシアンは一切の動揺を見せずに、ただただ「残念です」と返すばかりであった。


 母クリスティーヌとの修行のおかげか、リュシアンは痛烈な言葉をかけられても平然としている。

 本当に、強くなったとコンスタンタンはヒシヒシと痛感していた。

 この様子を見ていたら、王太子妃の侍女頭も務まるだろう。


 ミニキャロット摘みで、百名中半分が辞退した。

 ジャガイモ剥きでは、五十名中三十名が残って挑んでいた。


 その中に、先ほどリュシアンに物申したティエール侯爵夫人も残っている。

 すさまじい表情で、ジャガイモ剥きに挑んでいるようだ。

 手を怪我しないよう、ボーンナイフを用意している点はさすがとしか言いようがない。聞けば、ソレーユの指示らしい。狩猟で得た鹿の骨から作ったナイフだという。


 残った三十名の中で、きれいに剥けた者は十名ほど。上手く剥けないからと途中で投げ出し、帰った者も八名ほどいた。

 リュシアンは剥いたジャガイモを見て回り、全員に第二選考が通過したことを告げた。

 その発表に、ティエール侯爵夫人が噛みつく。


「どういうことよ。私のなんて、ほとんど食べられるところが残っていない状態じゃない。これでも、通過したというの?」

「はい。第一、第二選考は、能力を見るものではなく、挑戦する心を審査するものでした」

「試したのね!」

「そういうものですから」


 ティエール侯爵夫人はジロリと睨む。リュシアンはニコニコと微笑むばかりであった。


 第三選考は、先を歩くリュシアンにひたすらついていくというもの。


「続いては、体力を試させていただきます。残った十名が、ソレーユ様の侍女となりますので、どうぞよろしくお願いいたします」


 ここでは、体力に自信がない三名が辞退する。これ以上は付き合えないという者も、二名いて、彼女らは帰ってしまう。残り十七名で、挑むこととなった。

 もちろん、その中にティエール侯爵夫人も残っていた。


「こうなったら、意地でも残ってみせるわ!」


 ティエール侯爵夫人はリュシアンに挑戦状を叩きつける。


「では、始めますね」


 リュシアンは優雅に日傘をさして、アランブール伯爵邸の周りをゆっくり歩き始める。

 コンスタンタンも、最後尾に続いた。クリスティーヌやロザリーは、監視するために少し離れた場所で見ている。


 一周回る度に、一人、一人と脱落していく。

 リュシアンは平然と、歩き続けていた。それだけではなく、だんだんと歩調を速めている。

 ここで確実に、十名まで絞るつもりなのだろう。


 温室でミニキャロットを引かせ、ジャガイモを剥かせ、最後に体力を見る。

 これで選抜した侍女を、ソレーユはどう使うつもりなのか。コンスタンタンはまったく理解できずにいた。

 ただ、だからと言って物申すつもりはない。コンスタンタンの仕事は、この選考を監視するだけ。騒ぎが起きたら介入するが、それ以外で口だしはしない。

 きっと、ソレーユは何か考えがあるのだろう。


 いったい何周回ったのか。

 残りは、十一名となった。

 ティエール侯爵夫人も、残っている。だが、もう限界といったように見える。


 ここで、ティエール侯爵夫人の前を歩く女性が膝を突いた。その女性に、ティエール侯爵夫人は手を差し伸べる。


「あなた、もう少しで王太子妃の侍女に、なれるのよ! もっと、頑張りなさいな!」


 もう無理だと首を振っていたが、ティエール侯爵夫人は腕を引いて立ち上がらせた。


「選考に残って、見返してやるのよ!!」


 ティエール侯爵夫人の鼓舞を受けて、女性は立ち上がって歩き出す。


 最終的に、ティエール侯爵夫人を含む十名の貴族女性が残った。

 彼女達が、ソレーユの侍女となる。


 ようやく、女達の長い戦いが終わったのだ。

 残った者達の目は、ギラついていた。百名の中から、侍女の座を勝ち残った者達である。まるで、肉食獣のようだとコンスタンタンは思っていた。


 最後に、ソレーユがやってきた。労いの言葉と、皆を歓迎すると声をかけたあと、選考の狙いについて口にする。


「今回、おかしな選考を行ったのは、皆の根性を見たかったの」


 これからの時代、思いがけない事態に巻き込まれることも想定しなければならない。

 そんなときに、大事なのは根性と、それからトラブルを乗り越える体力が必要だという。


「わたくしは、下町の騒動を前に、無力を感じたわ。今まで習ったことが、何も役に立たないの。せめて、炊き出しを手伝おうとしても、包丁なんて握ったこともなくて……」


 自分はただの世間知らずの小娘だったと、痛感したらしい。


「もしも、想定外の事件があったときに、役立たずにはなりたくないのよ。だから、わたくしと同じ根性がある人を、侍女に迎えようと思った」 


 ソレーユは力強い眼差しを向け、声をかける。


「どうか、この先、何があっても、わたくしについてきなさい」


 リュシアンは真っ先に、頭を下げる。それに続いて他の者達もこうべを垂れていた。


 無事、ソレーユの侍女は決まった。

 コンスタンタンの肩を、クリスティーヌがポンと叩く。


「コンスタンタンさん、お疲れ様」

「いえ、私は何も――」

「謙遜しなくても、いいのよ」


 話は、これだけではなかった。


「今度は、あなたとリュシアンの結婚式ね」

「……はい」


 なぜだろうか。コンスタンタンはクリスティーヌの言う「結婚式」に、戦々恐々としてしまった。

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