堅物騎士は、女性達の戦場に戦々恐々とするその二
早速、選考が開始となる。
ソレーユは満面の微笑みで、リュシアンに命じた。
「それではリュシアン、あとは、頼むわね」
「仰せの通りに」
リュシアンはソレーユに、深々と頭を下げた。
人が見ている前では、親友ではなく、主従関係となる。この辺も、徹底するらしい。
でないと、フォートリエ子爵家の娘を、私的な理由で首席侍女に採用したと思われるからだ。
贔屓を前面に出すと、反感を買う。そのため、リュシアンとソレーユが仲良くするのは人目のない場所でと、決めているようだ。
「では、みなさま、こちらへついてきてくださいまし」
宿を出て、アランブール伯爵邸のほうへと歩いて行く。
王都の街並みのように、整備されていない道を、踵の高い靴を履いた者達が続いた。
明らかに、先頭を歩くリュシアンと距離が離れ始める。
「な、なんですの、この、凸凹な道は!」
「きっと、整備するお金が、ありませんのよ!」
リュシアンに聞こえないと思ったのか、好き勝手言っている。
近くを歩くコンスタンタンのことを、アランブール伯爵の子息であると知らない者達なのだろう。
ため息をつく傍で、リュシアンの母クリスティーヌが猛烈な勢いでメモを取っていた。
「バルニエ子爵夫人、ベルモン男爵夫人、無駄口を叩く。マイナス十点!」
容赦なく、減点していた。
クリスティーヌだけでなく、散り散りになったアランブール伯爵家の使用人がいて、言動などを確認しているようだ。
「厳しいですね」
「当たり前です! 侍女の評判が、主人の評判に繋がることもあるのですよ。状況を受け入れ、耐え忍ぶことも、侍女に必要な適性なのです」
「な、なるほど……」
コンスタンタンも、クリスティーヌの前では言動に気を付けようと心に誓った。減点された挙げ句、「リュシアンと結婚させません!」などと言われた日には、立ち直れないだろう。
たどり着いたのは、アランブール伯爵家の裏庭である。
ここには、リュシアンの宝物である温室があるのだ。
「こちらの温室に、ミニキャロットがありますので、お一人様一本、収穫してきていただきたいのです」
集まった女性陣を見てみると、眉を顰め、不快な表情をする者がほとんどであった。
当たり前だろう。野菜の収穫だなんて、侍女の仕事ではないから。
「温室に入るときは、こちらの長靴をお履きになってくださいませ」
「冗談じゃないわ!!」
一人の女性が叫び、ズンズンとリュシアンのほうへ詰め寄る。
年頃は二十歳前後か。黒い髪に、つり上がった目が特徴的な女性であった。
「あれは――」
コンスタンタンは女性に覚えがあった。
ティエール侯爵夫人だ。最近結婚したが、彼女は後妻である。すでに跡取りもいるので、子どもを産む必要はないのだろう。
リュシアンをジロリと睨み、一言物申そうとしている。
コンスタンタンが一歩踏み出した途端、ぐっと腕を掴まれた。
クリスティーヌである。じっと、強い瞳をコンスタンタンに向けていた。動くな、と言いたいのだろう。
クリスティーヌと見つめ合っている間に、ティエール侯爵夫人がリュシアンの前にたどり着いてしまった。
キッと睨み、リュシアンに噛みつく。
「野菜の収穫をして、どうやって侍女の適性を見るというのよ! わけがわからないわ!」
「でしたら、あなた様は、されなくて結構です。どうぞ、このままお帰りになってくださいませ」
「なんですって!?」
「主人から命じられたことを遂行するのが、侍女のお仕事ですわ。それができないのであれば、あなた様に適性はございません」
「どこの世界に、侍女に野菜の収穫を命じる主人がいるというのよ!」
「ここは、王の菜園ですわ。この地を拠点とする以上、野菜とは切っても切れない関係にあるのです。もしも、農業従事者が足りないときには、ソレーユ様がわたくし達に野菜の収穫を命じるかもしれません」
「だから、それがありえないって言うのよ」
「何度も申しますが、ここは、王の菜園、ですわ。国王陛下が口にする、野菜を育てる地です。ただの畑ではないのです」
笑顔をたやさないリュシアンの迫力に、だんだんとティエール侯爵夫人はたじろぐ。
「先ほどの言葉は、聞かなかったことにいたします」
リュシアンはティエール侯爵夫人を不採用にせず、発言を水に流した。
「なるほど。我が娘ながら、やりますね」
「どういうことですか?」
先ほどの言動で、何がわかったのか。コンスタンタンにはサッパリだった。
「ティエール侯爵夫人の発言は、この場にいる者達のほとんどが思っていたことでしょう。その問題を浮き彫りにし、説明する場としたのです」
「ああ、なるほど」
リュシアンは手をパンパンと叩き、何事もなかったかのように選考を進める。
「さあ、選考を始めましょう。あちらに用意している長靴をお履きになって、一人一本、ミニキャロットの収穫をお願いいたします」
リュシアンがティエール侯爵夫人に向かって、「さあ、行きましょう」と声をかけた。
ティエール侯爵夫人は渋々、といった様子で温室を目指す。
ミニキャロットの収穫に挑んだのは、百名中半数ほどだった。




