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お嬢様は、堅物騎士から贈り物を貰う

 リュシアンは母クリスティーヌの指導のもと、貴族女性の在り方を学んだ。

 優雅に、美しくを美徳とし、凜と生きること。

 それがどれだけ難しいか、リュシアンはヒシヒシと痛感していた。


 まず、自分から積極的に動き、働いてはいけない。

 働き手が足りないのであれば、人を雇えばいい。リュシアンが表立って働くと、周囲の者達が萎縮してしまう。

 下々の者達が働きやすい環境を作ることこそ、大事なのだという。


 そして、美しくあり続けることも仕事だという。

 婚礼衣装は当初決めていたデザインを、クリスティーヌが確認した。あまりにも地味だと判断され、リボンやレースがふんだんに追加される。

 結婚式については、結婚式専門の立案者を雇い、料理から当日の段取りまで決めさせた。

 希望を聞かれ、料理には王の菜園の野菜を使うこと。必要な品はドラン商会で揃えるように伝えてある。


 婚約を結んだ当初は、少人数を招待する、手作りの結婚式を想定していた。

 しかし、リュシアンはソレーユの侍女になることを選んだ。

 これから、縁故が大事になるだろう。結婚式のときはなるべく多くの人を招いて、社交界に一人でも多くの味方を作らなければならない。

 リュシアンが考えていた手作りの結婚式は、落ち着いたころに親しい者達を呼んで開けばいいのだ。


 ドレスも数十着新たに作り、装身具も揃える。

 届いた箱の山に、リュシアンは目眩を覚えた。けれど、すべて必要な品である。

 リュシアンのためにと、フォートリエ子爵が用意していた準備金だったので、クリスティーヌは心配いらないという。

 今まで、ドレスや宝飾品はいらないと言って作っていなかったのだ。その分、他の姉よりも予算が余っているらしい。

 ありがたく、受け取っておくことにした。


 ある日、リュシアンはコンスタンタンに散歩に誘われる。

 どこに行くにもクリスティーヌがついてきていたが、今日は「たまには二人っきりでゆっくり過ごしたらいかがです?」と言って送り出してくれた。

 王の菜園のほうではなく、アランブール伯爵邸の裏手に回っていく。

 そこには、草原と湖があって昼間は大変美しい。手入れはほとんどされておらず、奥に進めば森が広がっている。


 歩いていると、今までなかったものが裏庭にあった。


「コンスタンタン様、あちらは?」

「行ってみよう」


 太陽の光を受けて、キラキラと輝く平屋建ての建物がある。今までなかったものだ。

 近づくと、ガラス張りの温室であることがわかった。

 中には、畑のような土と盛り上がった畝が見える。

 通常、貴族の家にある温室の多くは、草花を育てるためのものだ。王の菜園の温室も、野菜は一部で、ほとんどは献上する花を育てている。

 このように、温室全体が畑というのは、非常に珍しい。


「コンスタンタン様、温室です! 温室が、ございます!」


 リュシアンの反応を見て、コンスタンタンは淡く微笑む。

 少し、興奮し過ぎたのか。恥ずかしくなった。


「あの、この温室、今まで、ありませんでしたよね?」

「ああ、そうだな。アンのために、作った温室だからな」

「わたくしの、ために?」

「ああ。これから、忙しくなるだろう? 王の菜園にも、なかなか行けなくなる。けれど、アンの人生に、畑と野菜はつきものだろう? だから、すぐに行き来できるように、ドラン商会に頼んで造ってもらったのだ」

「わ、わたくしのために、お、温室を?」

「ああ。もうすぐ、誕生日だと母君から聞いていた」


 リュシアンの瞳に、涙がにじむ。

 ソレーユの侍女頭になったので、これまで通り王の菜園で農作業をできなくなる。このような毎日だと、リュシアンは精神的に疲れてしまうだろう。コンスタンタンはクリスティーヌに相談し、どうすればいいのか考えていたようだ。その結果、アランブール伯爵邸の近くに、リュシアン専用の温室を作ったのだ。


「どうだろうか? とてもよい品を、造ってもらったと思っているのだが」

「素敵です。こんなにすばらしい贈り物をいただいて、わたくしは、世界一幸せ者ですわ」

「そうか、よかった」


 コンスタンタンはリュシアンの肩を優しく抱き、中へと案内してくれた。

 柔らかい陽光が、差し込んでいる。土がキラキラと輝いているように見えた。


「本当に、きれい、ですわ……!」


 なんでも、クリスティーヌは「畑を作るだけでよろしいかと」と言っていたらしい。しかし、冬の寒い日や、薄暗くなってからも畑を見に行けるよう温室を造ったのだという。


 ゆくゆくは、野菜を貯蔵する保管庫や、休憩する小屋、料理する調理場なども造る予定らしい。


「結婚したら、アンと裏庭で、ゆっくり過ごしたい。いいと、思わないか?」

「はい!」


 リュシアンは心から、幸せだと思った。


 ◇◇◇


 かつてのリュシアンは、倒れるまでバタバタと忙しなく働く毎日を過ごしていた。だが、クリスティーヌの指示するスケジュールをこなしていたら驚くほど仕事がスムーズに進んでいることに気付く。

 やはり、できないことを一人でしようと、あれもこれもと無理に仕事を抱え込んでいたのだろう。

 王の菜園の喫茶店はリュシアンが率先して働いていたときよりも、収益が上がっている。人を雇い、客を多く取れるようになった結果だろう。

 クリスティーヌが言っていた通り、リュシアンが頑張ったからと言って事が上手く進むとは限らないのだ。


 短期間で、いろいろ学んだ。


 明日――リュシアンの侍女頭としての初めての仕事が始まる。

 それは、ソレーユの侍女の選別であった。


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