お嬢様は、修行を始める
久しぶりに、ソレーユと会う。十日ほど、デュヴィヴィエ家の領地にあるカントリーハウスで、静養という名の花嫁修業を行っていたらしい。
外国語にダンスなど、しばらくしていなかったので、すっかり感覚が鈍っていたようだ。
王都ですると、「未来の王妃が、そんなこともできないなんて」と噂されてしまう。
そのため、デュヴィヴィエ家の本拠地で隠れて行う必要があったのだ。
「リュシアンさん、よかった。倒れたって聞いていたから」
「お恥ずかしいことに、体調管理ができていなかったようで」
「気にすることないわ。誰だって、自分のことを一番にわかっているつもりで、そうではないのだから」
「ありがとうございます」
デュヴィヴィエ家の領地にいるソレーユから手紙が届いたのは、ちょうどリュシアンが倒れた日だった。そのため、クリスティーヌが代わって手紙を送っていたようだ。
「リュシアンさんのお母様がいらっしゃっているのよね?」
「え、ええ」
「今、どちらにいるの?」
「喫茶店で、バリバリ切り盛りをしております」
「まあ! 見てみたいわ」
クリスティーヌはたった半日で喫茶店の仕事を覚え、下町の女性陣を見事にまとめ上げている。
長年女主人をしていたので、どのように動いたらいいか熟知しているのだろう。
「わたくしに欠けていた能力を、よくよく理解してしまいました」
「リュシアンさんに欠けている能力って何なの?」
「統率力、です」
「人に指揮する力ね。それは、わたくしも練習中なの」
人を使うのは、難しい。自分が動いたほうが早い場合もある。けれど、人の頂点に立つ者はそれではいけない。
「母に、言われました。自分本位で動いていると、従えるべき者達の信用を失い、場の空気も悪くなってしまうと」
「確かにそうね。でも、難しい問題だわ」
「はい……」
これから、ソレーユは大勢の侍女を迎える。リュシアンはその頂点に立つのだ。
リュシアンのふるまい一つで、信用を得たり、失ったりする。
ソレーユの力になりたいと思い、侍女頭に立候補した。しかし、今となってはとんでもない役職であると、戦々恐々としている。
幸い、まだ侍女を迎えるまで時間がある。それまで、リュシアンは母の背中を見て学ぼうと決意していた。
――そんな決意をクリスティーヌに伝えると、彼女はとんでもない提案をした。
「ならば、まず、私を使いこなしなさい」
「お、お母様を!?」
「お母様ではありません。クリスティーヌとお呼びなさい」
「え、ええ」
クリスティーヌと呼び捨てにするだけでも、一大事だ。リュシアンは額に汗を浮かべながらも、なんとか母親の名前を呼べるようになった。
そんなリュシアンの修行に、コンスタンタンも巻き込まれる。
「フォートリエ子爵夫人、そろそろ休まれては?」
気を遣い、声をかけてくるコンスタンタンを、クリスティーヌは鋭く睨んだ。
「私のことは、フォートリエ子爵夫人ではなく、クリスティーヌとお呼びください」
コンスタンタンにも、侍女として扱うよう強制してきた。
当然ながら、コンスタンタンはリュシアン以上に困惑、そして戦いていた。
婚約者の母親を呼び捨てにする事態など、ありえないだろう。
「さあ、クリスティーヌと、お呼びくださいな」
「いや、それは……」
「呼ばないのならば、私は休憩できません」
「お、お母様、コンスタンタン様に無理を言わないでくださいまし」
「お母様ではなく、クリスティーヌです!! こういうときは、主人であるあなたが、毅然とした態度で私に命令しないといけない状況でしょう」
ここで、ようやくクリスティーヌの意図を理解する。
クリスティーヌはコンスタンタンに呼び捨てを強いていたのではなく、リュシアンの女主人としての対応を試していたのだろう。
この場合、クリスティーヌにコンスタンタンを巻き込むなと命じるのが正解だ。
女主人とは、場を支配する者である。問題が起きた場合、言葉で解決させなくてはいけないのだろう。
リュシアンは咳払いし、気を取り直す。
クリスティーヌとコンスタンタンの間に入って、解決へと導く。
「クリスティーヌ。この問題は、わたくしとあなただけのものですわ。他の人を、巻き込んではいけません」
すると、クリスティーヌは一歩下がり、会釈した。どうやら、正解だったようだ。
クリスティーヌはすぐさま母親の顔に戻り、助言してくれた。
「このように、我が強い侍女は、主人の権力を他人へ使う場合もあります。そういうときは、あなたがしっかりたしなめるのですよ」
「はい、わかりました」
リュシアンの修行はまだまだ続く。




