堅物騎士の見回りと、王の菜園
晩餐会は素晴らしいものだった。
一人、リュシアンがいるだけで、食堂の雰囲気が春のように暖かで明るくなる。
リュシアンはよく食べ、よく喋り、よく笑った。
このように、アランブール伯爵家の食堂が明るく賑やかだったことはあるのか。
否、ない。
母は食が細く、たくさん料理を食べることができなかった。肉は一切れ食べるのが精いっぱい。青い顔をして、口元を押さえることもあった。
グレゴワールは妻を心配するあまり、食事が喉を通らなくなる。給仕達は料理が気に食わなかったのかと、オロオロしてしまう。
食堂は葬式のように静まり返り、陰鬱な雰囲気となる。
そんな中で、コンスタンタン自身の食が進むわけがなかった。
「いやはや、楽しい晩餐会だった」
グレゴワールも、コンスタンタンと同じようなことを思っていたようだ。
「料理もおいしそうにパクパク食べてくれて、明るく元気だし、ああいう娘が、コンスタンタンと結婚してくれたらいいなと──」
「父上、その話は、二度としないでほしい」
「そ、そうだったな。すまない」
すぐさま、結婚に結び付ける。コンスタンタンはうんざりしていた。
そもそも、結婚の話をリュシアンに振った時、困った顔を見せていた。
彼女は夜会に出たら、すぐさま取り巻きができるような高嶺の花だ。
きっと王族の覚えもよく、生産性があり快活で仕事もできる男と結婚するのだろう。
コンスタンタンのように、地味な男にはまったく縁のない女性なのだ。
結婚相手は──王宮の夜会で探す。何回も夜会に参加していたら、きっと見つかる。
コンスタンタンは自身にそう言い聞かせ、今晩は早めに眠ることにした。
◇◇◇
翌朝──コンスタンタンはいつものように太陽が昇る前に目覚め、身支度を整える。
日課の素振りをこなし、湯を浴びたあと畑の見回りにでかける。
すれ違うのは、夜勤中の騎士ばかり。皆、死んだ目をしている。
早朝出勤の農業従事者も、欠伸ばかりしていた。
歩き回っているうちに、地平線から太陽が顔を覗かせる。
太陽光を浴びたら目が覚めるのかと部下を観察していたが、死んだ目は死んだまま。
そんな中、一人溌剌とした声をかけてくる者が現れる。
「アランブール卿、おはようございます!」
踝丈のエプロンドレスを翻しながら、リュシアンが笑顔で朝の挨拶をしてきた。
あまりの眩しさに、コンスタンタンは目を細める。
「気持ちのいい朝ですわね」
まさか朝から逢うなど、まったく想定していなかった。先ほどから、首振り人形のようにこくこくと頷くことしかできない。
「アランブール卿は、見回りですの?」
「まあ、そんなところだ」
「朝からご苦労様です」
ここにきて、誰かから労われたのは初めてだった。なんとなく、感動を覚える。
「アン嬢は、何を?」
そもそも、貴族令嬢が一人歩きをすることなど、ありえない。いささか、不用心だ。
夜勤中の騎士達が、何か粗相でもしたら大問題である。
このように、美しい令嬢が一人歩きをしていたら、男はどう思うだろうか?
きっと、軽い気持ちで手出ししたいと思うに違いない。
そう考えたら、ゾッとしてしまった。
「使用人は?」
「ロザリーは朝が弱くって。代わりに、マロンとガーとチョウを連れていますの」
よくよく見て見たら、リュシアンの後方には犬とガチョウがいた。
マロンは猟犬である。きっと、主人であるリュシアンに邪な気持ちで近づいたら、全力で咬みつくに違いない。
一歩、リュシアンに近づいたら、ガーとチョウがガアガア鳴きながら威嚇するように接近してきた。
腿を突かれそうになり、慌てて後退する。
「あらあら、ガー、チョウ、ダメ!」
リュシアンが怒ると、ガーとチョウの攻撃は止まった。どうやら、連れて歩いているとリュシアンに近づく者すべてを突こうとするらしい。
「ごめんなさい。大丈夫でしたか?」
「いえ、嘴は届いていなかった」
「よかったですわ」
どうやら彼女は、立派な騎士を連れているようだ。これならば、一人歩きをしても心配ないだろう。
「それで、ここで何を?」
「畑を見ていましたの。わたくし、朝露に濡れる野菜が、世界で一番美しいと思っていまして」
リュシアンが示した方向には、ナスが生っていた。そこには、小さな水玉が浮かんでいる。
太陽の光を浴びて、キラキラと輝いていた。
「たしかに、これは綺麗だ」
「でしょう?」
ここに配属されて、毎日畑を見回っていたのにまったく気づいていなかった。
リュシアン曰く、野菜は時間によって異なる姿を見せるらしい。
「王の菜園は、野菜の宝石箱ですのね」
国王へ献上するため、たくさんの野菜が育てられる特別な菜園。
そこは、宝石のように輝く野菜が育てられている。
野菜は王と王族の食生活を支えているのだ。
それは、命に繋がる大事な仕事だろう。
いかにここの仕事が重要なことか、じわじわと実感する。
王の菜園の騎士をすることは、大変な名誉なのだ。
リュシアンと話をして、気づくことができた。
「アランブール卿、いかがなさいました?」
「いや、なんでもない。そろそろ、朝食の時間だ」
「では、家に戻りましょう」
この先は道が凸凹としていて荒れている。足場が悪いのでと手を差し出したら、リュシアンはそっと指先を重ねてくれた。




