堅物騎士は、ついに名乗る
カルパンティエ子爵はズンズンとコンスタンタンに接近し、頭を下げた。
「孫を助けてくれて、心から感謝する!」
「いえ、私は、偶然居合わせただけで、感謝されることなど――」
「ええい、謙遜するな! 素直に、感謝の気持ちを受け取れ!」
「は、はあ」
初めて会ったカルパンティエ子爵は、手紙にあった印象の通り苛烈で熱い人だった。
礼を言って終わりというわけでなく、コンスタンタンへ怒り続ける。
「それにしても、なぜ名乗らなかった! 探すのに、苦労したぞ!」
「申し訳ありませんでした。人を助けるというのは、私の職務でもあったので。その、昨日はプライベートだったのですが」
「職務ということは、貴殿は騎士なのか?」
「はい」
リュシアンが遠慮がちに、立ち話もなんだからと、部屋の中へ誘う。
「それもそうだな。邪魔するぞ!」
カルパンティエ子爵はズンズンと部屋に入り、どっかりと腰を下ろす。
リュシアンはコンスタンタンに目配せする。紅茶を用意してくると、言いたかったのだろう。頷いて、紅茶の準備を頼む。
「ふむ。貴殿は騎士だったか」
「はい」
「何度も言うが、本当に、心から感謝している。足を引きずった使用人では、助けられなかっただろう」
なんでも今は観光シーズンなので、外出を禁止していたらしい。
「昔、今くらいの人が多く出入りする季節に、誘拐されたことがあったのだ。それ故に、外出を禁じていた。それなのに――!」
やんちゃな末の孫は、年老いた使用人に願い、外出してしまったのだ。
「湖に落としたミモザの枝を、拾おうとして落ちたらしい。母親に、渡すはずのものだったと」
「さようで」
ここで、リュシアンが紅茶を持ってやってくる。渋面を見せていたカルパンティエ子爵に、にっこりと微笑みかけていた。コンスタンタンは内心、なんて勇気があるんだとリュシアンを称える。
一方で、カルパンティエ子爵はリュシアンの笑顔を見て、険しかった表情が和らぐ。
尊大な様子で、コンスタンタンの隣に腰掛けるよう命じていた。
「彼女は、貴殿の妻か?」
「いえ、彼女――リュシアンは婚約者です」
「そうであったか。仲良くするように」
「ありがとうございます」
ここで、カルパンティエ子爵はハッとなる。
「そういえば、名乗っていなかったな。私はここの領主、カルパンティエ家を治める者である」
「領主様……お会いできて、光栄です」
「して、貴殿はなんという?」
ドクン! と、コンスタンタンの胸が大きく鼓動する。
ついに、名乗るときがやってきたのだ。
せっかく会えたのに、即座に嫌われてしまうのは悲しい。けれど、諦めるしかない。
「どうした?」
「いえ」
リュシアンが、コンスタンタンの握った拳に優しく手を添えてくれる。頑張れと、応援してくれるような気がした。リュシアンと目と目を合わせ、頷く。
コンスタンタンは居住まいを正し、自らの名を口にする。
「私は、コンスタンタン・ド・アランブールと申します」
「そうか、そうか。アランブールは王都周辺に所領がある、伯爵家だった――な!?」
リュシアンのおかげで和らいでいた表情は、一気に険しいものとなった。
「貴殿はまさか、あの、アランブール伯爵家の者だというのか?」
「はい、そうです」
お祖父様、という言葉は、喉から先へはでてこなかった。
「ということは、貴殿の母親は――」
「カルパンティエ子爵の、娘です」
「なんだとーー!!」
カルパンティエ子爵は立ち上がり、ズンズンとコンスタンタンへ接近する。
険しく、厳しい視線をコンスタンタンに向けていた。
それも、仕方がないだろう。コンスタンタンとグレゴワールは、カルパンティエ子爵から大切な人を奪ったのだ。恨まれても、不思議ではない。
「娘は、娘は――!!」
コンスタンタンを産んだから、死んだ。その言葉を待つ。
しかし、カルパンティエ子爵は言葉もなく、その場に頽れるばかりであった。
コンスタンタンとリュシアンは立ち上がり、肩を支える。
「違う」
「え?」
「もとより、娘は体が弱くて、二十歳まで生きられないだろうと、幼少期に医者から言われていたんだ」
「そう、だったのですか?」
「ああ。けれど、娘は、医者の余命宣告よりも、生きた」
顔を上げたカルパンティエ子爵の目には、光が宿っていた。眦には、涙が浮かんでいる。
「結婚したグレゴワールが、そして、生まれた貴殿……コンスタンタンが、娘の、生きる希望だったのだ」
「お祖父様……!」
「すまなかった! 長年、娘の死を、受け入れることができずに……!」
コンスタンタンはポロポロ涙を流すカルパンティエ子爵を、ぎゅっと抱きしめる。
「立派に育っていることも知らずに、意地を張って、追い返すような真似をしてしまい」
「いいえ、いいのです。今、こうして、お話しできただけでも、幸せです」
「ありがとう、コンスタンタン」
落ち着いたあと、リュシアンを振り返ると、目を真っ赤にして泣きはらしていた。
「アン……」
「す、すみません。お祖父様とわかりあえて、本当に、よかったなと、思いまして」
「ありがとう」
思いがけない事件がきっかけで、祖父であるカルパンティエ子爵と出逢えた。
人生、何が起こるかわからないとしみじみ思うコンスタンタンであった。




