堅物騎士は、お嬢様と共に旅立つ
半月後――コンスタンタンとリュシアンは旅に出かけた。ロザリーを伴い、馬車は整った街道を進んでいく。
ロザリーは明るい表情で、窓の外を覗き込んでいた。旅行は初めてのようで、ワクワクドキドキが隠しきれない、といった様子である。
一方で、リュシアンはロザリー以上に楽しそうだった。
「コンスタンタン様、ご覧になってくださいませ。あちらの湖に、白鳥の番が泳いでおります」
「ああ、本当だな」
正直、旅行に行くか否か、迷った。というのも、母親の実家であるカルパンティエ子爵家に手紙を送ったところ、よい返事は貰えなかったのだ。
祖父にあたるカルパンティエ子爵からは、「どうしても訪問したいのならば、来るといい」とだけ書かれていた。
一応、カルパンティエ子爵邸まで挨拶に行くつもりであるが、歓迎はされないだろう。
この件で、リュシアンに嫌な思いをさせたくない。事前に話しておこうと決意を固めていたが、出発から二時間、リュシアンとロザリーはずっと楽しそうにしていた。
旅行の決断は、正解だったのだ。ミモザが咲き誇る『ミモザ街道』について教えたところ、リュシアンは瞳を潤ませるほど喜んでいた。
冬に花咲く黄色の花は、リュシアンにとって一番好きな花らしい。さらに、頬を赤く染めながら、コンスタンタンが求婚してくれたのがミモザの樹の下だったのでますます好きになったという。
つられて、コンスタンタンも恥ずかしくなったのは言うまでもない。
「コンスタンタン様、いかがなさいましたか?」
リュシアンに顔を覗き込まれ、ハッと我に返る。案じるような、声色だった。
「眉間に、皺が寄っていますわ」
額に触れてみたら、リュシアンの言う通り眉間が寄った状態になっている。気付かないうちに、顔を顰めていたようだ。
「何か、心配事や憂いがあるのではないでしょうか?」
「まあ……そうだな」
楽しそうな表情から一変、リュシアンの表情が曇っていく。これだから、言い出せなかったのだ。
気持ちが顔に出ていたとは、修行不足である。心の中で、反省することとなった。
何か深刻な話をすると思ったのか。ロザリーは耳を塞ぎ、外を向く。その様子を見て、コンスタンタンはふっと笑いが零れた。
「アン、彼女に、そこまでしなくてもいい。話は聞いても構わないと、声をかけてくれ」
「はい」
リュシアンはロザリーを妹のように思っている。一応、立場は侍女であるものの、それ以上の関係だ。
コンスタンタンもリュシアンが大事に思うロザリーを、同じように扱いたいと考えていた。
カルパンティエ子爵家で拒絶された場合、リュシアンもショックを受けるだろう。ロザリーが励ますときに、事情を知っていたほうが言葉も選びやすい。
ロザリーは気まずそうにしながら、会釈している。気にするなと言わんばかりに、手を振って応えた。
ゴホンと咳払いし、コンスタンタンの憂い事について話し始める。
「旅先が、母方の実家であるのは、話していたと思うが」
「はい」
『ミモザの村』とも呼ばれる街は、秋になると南の国原産のブーゲンビリアが咲き誇り、冬は可愛らしい花を咲かせるミモザが開花する。
一年を通して、穏やかな時間が流れる美しい土地である。
「実は、祖父に連絡したところ、歓迎するような態度ではなかった。挨拶をしに行くつもりだが、追い返されるかもしれない。アンが嫌な思いをすることを想像したら、気分が暗くなってしまった」
「コンスタンタン様……」
コンスタンタンが膝の上で握った手を、リュシアンは優しく包み込む。
「わたくしは、コンスタンタン様のお母上に会えませんでしたが、ご親族にはご挨拶をしたいと思っております。カルパンティエ子爵のお顔をひと目見るだけでも、幸せですわ」
「アン……」
ただ、意味もなく歓迎しないわけではない。理由はわかっている。
もとより長くは生きられないと医者から言われていた母の寿命を縮めたのは、紛れもなくコンスタンタンなのだ。
「私を産まなかったら、母はまだ長生きできた。憎まれても、不思議ではない」
若くして亡くなってしまったのは、コンスタンタンのせいである。その事実は、コンスタンタンの心に暗い影を落としていた。
「私さえいなかったら、母はまだ――」
「コンスタンタン様、そうではありません!」
咎めるように、リュシアンはコンスタンタンの考えを否定する。
「寿命だけは、人の力でどうこうできるものではありません。ご自身を、責めないでください。それに、コンスタンタン様のお母上は、完全になくなったわけではありませんわ」
「それは、どういうことだ?」
「コンスタンタン様の心に、いらっしゃいます」
コンスタンタンの中に、亡くなった母親は存在する。生きている限り、なくなることはない。励ますように、リュシアンは言ってくれた。
「コンスタンタン様が、お母上の生きた証です。胸を張って、カルパンティエ子爵にお会いしましょう」
「そう、だな」
声が、震えてしまう。
コンスタンタンは今まで、母親が死んだのは自分のせいだと思い込んでいたのだ。
リュシアンは違うとキッパリ否定してくれた。心の中のモヤモヤは、完全に消えてなくなる。
「アン、気付かせてくれて、ありがとう」
リュシアンはにっこりと、微笑みを返した。




