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『王の菜園』の騎士と、『野菜』のお嬢様  作者: 江本マシメサ
本編

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お嬢様はとんでもないことを決意する

 リュシアンの父は月に一回、畑や領民の様子を視察に行く。

 監査というより、皆が元気か、問題は起きていないか調べることが目的であった。

 毎日勉強ばかりでうんざりしていたリュシアンは、父親に頼み込んで視察に同行することとなった。

 父の駆る黒馬は筋骨隆々で、毛並みも美しかった。リュシアンは「誕生日のプレゼントは馬がいい」とせがんでいたが、「大きくなったらな」という答えを十四歳になるまで毎年聞いていた。

 幼いリュシアンは、馬の買い付けと飼育に多大な金がかかることや、世話が大変だということを知らなかったのだ。

 そんなことはさておき、父と共に視察に出かけたリュシアンはある光景を目の当たりする。

 子ども達が、井戸で冷やしていたトマトを丸齧りしていたのだ。実においしそうに食べていた。リュシアンはそれまで、トマトの丸齧りなんてしたことがなかった。

 食卓に上がるのは、しっかり煮込まれたスープやスライスされたサラダのみ。

 トマトを食べる子ども達は、弾けんばかりの笑顔を浮かべている。どのような味わいがするのか。リュシアンは空腹ではないが、ゴクリと生唾を呑み込んだ。

 父親がカボチャ農家と話しをしている隙に、子ども達のもとへと駆け寄る。

 一つくれないかと言ったら、これは手伝いをしたご褒美だと言われてしまった。

 リュシアンがシュンとしていると、同じ年くらいの女の子がトマトを一つくれた。

 これが、侍女を務めるロザリーとの出会いだった。

 ロザリーから貰ったトマトを齧ると──リュシアンはハッとなる。

 トマトは瑞々しくて、とても甘い。おいしくて、夢中になって食べた。

 農家の子どもは、毎日こんなにおいしいものを食べている。労働と引き換えに。

 リュシアンは子ども達に約束する。トマトを食べた分、後日農作業の手伝いにくると。

 その日から、大農園がリュシアンの遊び場となった。

 太陽の光を浴び、畑を走り回ってのびのび育った結果──肌は陽に焼け、実に健康的な色合いとなる。

 畑や野菜を愛するあまり、リュシアンの価値観は大きく広がっていく。おまけに、貴族女性が持ってはいけない独立心も芽生えていた。


 リュシアンは自身を責めていた。どうして、自分はこうなのだと。

 しかし、アランブール伯爵家の晩餐会に参加して、大事なことに気づく。

 別に、貴族女性としての決められた道を歩く必要はないのだと。

 実家は裕福で、貴族社会での縁故は特に必要としていない。社会的地位は、十分あった。

 両親への育ててもらった恩は、これから働いて返せばいい。


 晩餐会のあと、リュシアンはロザリーに決意を告げた。


「ロザリー、わたくし、決めましたわ」

「な、何をですか!?」


 ロザリーの顔は引きつっていた。長年仕えていた経験から、嫌な予感がすると察しているのだろう。


「わたくし、この王の菜園で、正式採用を目指します」

「ええ~~!!」


 父親との約束は、社交期のみの滞在だった。その間に、結婚相手を見つけてくれるようにと命じられていたのだ。


「アンお嬢様、旦那様との約束は、いかがなさるおつもりで?」

「別に、お父様との約束は、口約束ですし、正式に書類契約を交わしたことではありませんので、そこまで重要視せずともよいでしょう」

「いやいや、口約束も重要ですよ!」


 ロザリーはリュシアンのまさかの決意表明に、オロオロしている。結婚相手を探しにきたのに、目的が王の菜園への就職と斜め方向に向かっていたからだ。


「わたくし、気づきましたの。幸せは、結婚にはないと」

「いや、まあ、そうですけれど。アンお嬢様は、フォートリエ子爵家のご令嬢なんですよ」

「ええ。貴族の結婚は幸せのためではない。重々存じていますわ。ですが、国王様の野菜を作ることも、貴族の務めだと思いますの」


 畑が夫で、野菜が子ども。これこそが、リュシアンの考えついた結婚である。

 あまりにも突飛な考えに、ロザリーは開いた口がふさがらないようだ。

 そんなロザリーを安心させるように、リュシアンはある計画を口にする。


「ロザリー、あなたの結婚は、わたくしがしっかり面倒を見ますので」

「いやいやいや! アンお嬢様より先に、結婚なんかとんでもないです!」

「だったらあなた、一生独身になってしまいますわ」

「アンお嬢様がその道を選ぶならば、私も一生ついていきますので!」

「ロザリー……」


 献身的な侍女の手を、リュシアンはぎゅっと握りしめた。


「ありがとう、ロザリー。わたくし、あなたが傍にいて、本当に嬉しい」

「アンお嬢様、当然です」

「でも、好きな御方ができたら、迷わず相談を」

「ど、どうでしょう、それは」

「恋は突然と言いますし」


 恋とはいったいどんなものなのか。リュシアンにはわからない。

 それは心が温かくなって、切なくて、胸がツキツキする。

 三番目の姉が、話していたことを思いだした。

 恋と思い浮かべていたら──なぜか晩餐会のコンスタンタンの微笑みが浮かんできた。


「え!?」

「アンお嬢様、いかがいたしましたか?」

「いいえ、なんでもありませんわ」


 本当に、なんでもない。

 突然脳内に浮かんだイメージを、首を横に振って消し去り、本来の目的を思い出す。


「明日から、王の菜園に採用されるため、バリバリ働きますわ!」

「まあ、ほどほどに、頑張ってください」


 ロザリーの応援を受けつつ、リュシアンは新たな夢を叶えるために燃えていた。


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