堅物騎士は、波乱の一日を迎える
グレゴワールの許可が下りると、リュシアンは茶会の準備をせっせと進める。
菓子を決め、茶葉を選び、会場となる王の菜園を見渡せる場所にどれだけ机や椅子が置けるか確認していた。
数日経っただけで、リュシアン宛の手紙は百通を超える。もちろん、全員を招くのは難しい。王太子派、旧国王派、中立派と分け、十名ずつ招くことに決めた。
さすがに百名分の返事はかけないので、印刷したカードを返す。署名と一言メッセージだけ、リュシアンは一枚一枚手書きしていた。
コンスタンタンも、手紙に封をしたり、宛名と差出人を書いたりする。
夜、いつも茶と菓子を囲んで穏やかに過ごすだけの時間は、すべて返信作業に充てられていた。
「コンスタンタン様、お疲れですのに、本当に申し訳ありません」
「アン、遠慮はしなくてもいい」
リュシアンはことあるごとに、コンスタンタンの力を借りると申し訳なさそうな態度を見せる。そのたびに、コンスタンタンはどうしたものかと考えていたのだ。
「私は、いつもいつでも、アンの力になりたいと思っている」
リュシアンのためならば、見返りなく、なんでもしようと心に決めていた。
「しかし、謝罪をされてしまうと、残念に思ってしまう。余計なことをしてしまったのかと、考えてしまうときもあった」
「余計だなんて、一度も思ったことがございません」
「だったらよかった」
ただ、リュシアンの気持ちも理解できる。コンスタンタンを想って、迷惑をかけてはいけないと考えているのだろう。
「アン、願いがあるのだが、叶えてもらえるだろうか?」
「願い、ですか?」
どうしたら、リュシアンが遠慮をしなくなるのか。一つだけ、案が浮かんだのだ。
「忙しいときは、私を、もう一人の自分のように、扱ってはくれないだろうか?」
「もう一人の、自分、ですか?」
「そうだ」
リュシアンは首を傾げる。いまいち、ピンときていないのだろう。
「目が回るほど多忙なとき、もう一人、自分がいたら、と考えるときがあるだろう?」
「あります!」
「仮に、自分がもう一人現れて作業を手伝ってくれたとしたら、悪いとか、申し訳ないとか、思わないだろう?」
「そ、そういう意味だったのですね」
コンスタンタンは深々と頷く。我ながら、名案だと胸を張った。
その様子を見たリュシアンは、思わずといった感じの笑みを零す。
「コンスタンタン様ったら、なんて、面白いことを考えるのでしょう!」
「アンに手を貸すと、毎回毎回泣きそうな顔で、謝罪してくるからだ」
「わたくし、そんな顔をしていたのですね」
「気付いていなかったのだな」
「はい」
「難しいだろうか?」
「えっと……頑張って、みます」
コンスタンタンは止まっていた手を動かし、招待状に宛名を書く。それを、リュシアンへと差し出した。
リュシアンは受け取り、言葉を返した。
「ありがとうございます……もう一人の、わたくし」
言い切った瞬間、コンスタンタンとリュシアンは微笑み合う。
作戦は成功したようだ。
◇◇◇
半月後――ついに茶会当日となる。リュシアンは雨や雪が降らないか心配していたが、晴天だった。
寒くないよう外では火が焚かれ、風よけの天幕も張られている。
菓子は美味しく焼かれ、美しい茶器も揃えられた。準備は万全である。
リュシアンはソワソワし、右往左往していた。
不安げな様子だったので、手を握って大丈夫だと励ましておく。
今までも、リュシアンは農業の研修などで大勢を前に堂々と喋ることはできていた。
きっと、茶会ではいつものリュシアンに戻るだろう。彼女は本番に強いタイプなのだ。
「アンなら、大丈夫だ。自信を持って、挑むといい」
「はい。ありがとうございます」
コンスタンタンはリュシアンの背中を押し、送り出す。
だが一人になると、コンスタンタンまでも落ち着かない気持ちになっていた。
傍で支えたい気持ちに駆られたが、茶会は女性の戦場である。男は介入してはいけない。
外にいたら、リュシアンが気になって仕方なくなってしまうだろう。今日ばかりは巡回を部下に任せ、コンスタンタンは部屋で執務を行う。
王の菜園にあった執務室兼休憩小屋は火事で焼けてしまったため、新しく建てられた。
平屋建ての、休憩室と執務部屋が分かれている立派な建物が造られた。
おかげさまで、仕事がはかどる環境になっている。
コンスタンタンは脳内を仕事モードに切り替え、机に向かった。
二時間後――思いがけず、集中していたようだ。そろそろ茶会が終わったころだろう。様子を見に行くか否か、考えているところに、扉が叩かれた。
リュシアンだと思い、コンスタンタンはすぐに扉を開く。
だが、いると思っていたリュシアンの姿はない。代わりに、見慣れぬ年若い貴族令嬢の姿があった。
「はじめまして、アランブール卿。私は、アンリエット・ド・フルニエと申します」
ブルネットの髪をハーフアップに結い上げた、美しい娘である。好奇心旺盛そうなキャラメル色の瞳で、コンスタンタンを見上げていた。
年の頃はリュシアンと同じくらいか。侍女も連れずに、たった一人で来ているようだ。コンスタンタンは警戒心を強める。
「何か、ご用でしょうか?」
「はい!」
元気よく返事をして、アンリエットと名乗った女性は執務室へと足を踏み入れる。
「申し訳ありません。ここは騎士隊の管轄で、無許可で入れるわけには」
「私、ずっと、アランブール卿にお会いしたかったんです!」
そう言って、アンリエットはコンスタンタンに抱きついてきた。
「何を――!?」
そう返したのと同時に、扉のほうから声がかかった。
「コンスタンタン様?」
アンリエットを抱き止める形となったコンスタンタンを、リュシアンが不思議そうに眺めていた。




